高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
日野之彦
小滝雅道
遠藤彰子VS佐々木豊
長谷川健司・中野亘
松本哲男
やなぎみわVS佐々木豊
清野圭一
Jean Claude WOUTERS ジャン・クロード・ウーターズ
長尾和典VS鷹見明彦
わたなべゆうVS佐々木豊
カジ・ギャスディン・吉武研司
千住博VS佐々木豊
山本容子VS佐々木豊
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
北川宏人
伊藤雅史VS佐々木豊
岡村桂三郎×河嶋淳司
原崇浩VS佐々木豊
泉谷淑夫
間島秀徳
町田久美VS佐々木豊
園家誠二
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治

カジ・ギャスデイン氏と吉武研司氏
'Round About

第25回 カジ・ギャスデインの原風景

絵画に国境はある。バングラデシュから来日して30年、その間に60数回の作品発表を経ながら、一貫して詩画一体の宇宙を展開し続けるカジ・ギャスデイン氏。日頃から日本語のような絵を描きたいと述べて、私小説風絵画とでも呼ぶべき境地にたどり着いた吉武研司氏。カジ氏の個展会場を訪れた吉武氏が、10年前のバングラ訪問の際の体験をもとに、聞き手となって、カジ・ギャスデインの原点を探り当てる。

※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。   
  吉武:カジさんのバングラデシュのアトリエを訪れたのは、もう10年前のことになります。1996年の12月28日から翌97年の1月5日まで9日間滞在させてもらいました。自然に囲まれた理想郷のような環境でした。
カジ:僕が設計したのですが、来た人はみんな日本的だと言います。
吉武:ふたつの国がうまくミックスしているというのか、天井が高くて荘厳ないい家でした。
カジ:当時は鳥の巣があって鳥がたくさん来たけれど、今は人がふえて、まわりには畑をつぶして家が建ち並んでしまいました。
吉武:それは日本と同じだ。今は1年のうち半分ぐらいはバングラで生活しているの?
カジ:3か月交代で行ったり来たりしています。
 
   
 
風土と絵の一致
吉武:僕がカジさんの絵を初めて見たのは82年、東京セントラル美術館ででした。第一印象はクレーに似ているかなというものでしたが、その後30年見てきて感心することは、フォームが一定していることですね。日本人の僕らの世代は欧米にあおられて、どんどんフォームが変わって行った。それが一貫性を失ったり、いつも波打っているという結果を招いてきている。それに比べてカジさんは一定の流れの中をとうとうときているからすごいなと思っています。
カジ:そういえばこの個展をある美術関係者が見に来てくれて、「どうして今の絵に合わせないのですか?」ときかれました。僕が、無理矢理に合わせる必要はないしただ自然に描いているだけと答えたら、「それがあなたのすばらしいところです」と言ってくれました。
吉武:それは時間が経ってみてわかることですね。同じことを僕も思います。今日、なぜ10年前の写真帖を持ってきたかというと、カジさんを生んだ風土と絵が一致しているんですね。これはすばらしいことだと思う。最初、僕にとってカジさんの絵は、あるひとつの時代の流行のスタイルのような気がしていたのだけれど、そうではなくて根付き方が違うんだなと時間を経てみてわかってきました。ああこの人は自分の国を執拗に描いているのだなと。あなたの絵にそういうアイデンテイテイーがしっかりとあることを僕はずっと確認しています。もちろんほかの絵も描けたかもしれないけれど、これしかなかったというか、とにかくこだわりが強い。好きなものだけを描き続けている。しかも風土に根ざしている。時代の進み方や国の状況、またキャラクターもあると思いますが、同時にカジさんの生き方がクリヤーに見えるのがいいですね。それに引きかえ日本の僕らの世代は.そういうふうにはならなかったなと思って、うらやましくもあります。カジさん自身も30年間、日本で暮らしてみてどうですか、日本はずいぶん変わったでしょう?
 
   
   
 

カジ:それはもう初めて日本へ来た時と比べて、今の日本の世代も考え方もすごく変わったと思います。この30年間、日本で作品を発表し続けてきてみてー番感じることは、絵描きが自分の世界をコロコロ変えてしまうことです。無理に抽象を描いてみたり、そうかと思うと今度は具象を描いてみたりします。一人の人間なのに今年はこの画廊で具象、そして来年はあの画廊で抽象でやりたいというような例がたくさんあります。それが果たして絵描き? 商売する人みたいじゃないの?とつい言ってしまうんです。クリエーテイブなことに対してそれが当たり前だと思っているところがどうしても理解できないことでした。これを言うといつもぶつかってしまうのですが、まあ仕様がないですね。
吉武:それは日本人の特質もあるかもしれないけれど、確かに、今は変換期にあるなどと言って敏感に反応する日本の時代の空気もありますね。
カジ:絵でも文章でも音楽でも、それを無理に売れるようにするということは、何か誰かに頼まれて描いている人のように思えてならない。自然じゃないんです。
 
 
吉武:これは痛烈な批判だなあ。この絵で行くという確信を持ってやっていますね。その一途なところはバングラデシュの国民性ですか?
カジ:まったくそんなことはありません。一人一人みんな違いますよ。自分の絵の考え方としてやっているだけです。
 
 
ベンガラはベンガルから
吉武:バングラに行った時、何と言ってもカジさんの絵の原点だと思ったことは、人々が燃料として使うために川岸の土手一面に干して、まるで絨毯のように敷き詰めていくみごとな赤茶系の牛糞です。それが雨季や乾季によって、またその日の仕事量によって色も形も毎日変わるというんです。
カジ:ベンガル地方はガンジス川流域の川国で、石窟寺院の壁画も多いんです。アジャンター石窟群の壁画の壁の下塗りにもこの牛糞が使われています。牛の糞を下地に使うと発色や線がきれいに出るんです。そしてまた牛の糞は神聖なものなのです。家を新築する時も牛の糞を撒きます。今度帰ったら僕も板か紙の上に牛糞を塗って描いてみようと考えています。
吉武:顔料のベンガラはベンガルから来ているのですものね。壁画といえばもうひとつ僕がカルチャー・ショックを受けたのは、バングラの壁です。日常の中の壁が実にきれいなんです。写真を撮りまくりました。このように僕はバングラで壁に興味を持ちましたが、同じようなことを以前、日本に来たばかりのカジさんに感じたことがあります。それは酒の席での話ですが、カジさんは出された刺身の盛りつけを前にして、これはすばらしいデイスプレイだと言っていきなりデッサンし始めたことがありました。みんな驚きましたが、これは新鮮な目の付けどころというか、互いの国の日常からの発見だったと思います。
カジ:僕の絵の出発点はベンガルの刺繍から始まっています。僕には刺身がそれにつながって見えたのかな。
 
   
   
 
吉武:あなたの国で感動した壁のことをもう少し続けさせてもらうと、案内してもらった国立芸術大学の壁はすごかったなあ。文字と絵が一体化したあの力強い造形言語にはいまだにしびれますね。雨季と乾季の湿度の変化による染みもあるし、政治主張を書いては消し描いては消し、それが積み重なってきれいな絵になっていく。中国の壁とも違うしパリの壁とも違う。メキシコとも違う。バングラの壁です。民族の持つ造形力に圧倒されました。それから看板も面白かった。あと、驚いたのはリキシャでした。もともと日本の人力車からきているらしいのですが、日本のトラック野郎もすごいけれど、とにかく派手。平らな土地だから普及していて、ずいぶん乗りました。とにかく風景と文字、形が一緒になっていて、みごとに民衆芸術として成り立っている。視覚的なものに対する感覚が優れているんですね。そういうものがカジさんの作品の中にもカチツとしておさまっている。モチーフにしても風土に密着しているし。ブルーひとつとってみても、夜、月が出ていて、その下の庭を散歩したときの、あの時のあのブルーをここに使ったんだなという具体性がある。カジさんにとって日本はあくまでもきっかけで、根強く祖国の情景が体の中にこだわりとしてあるのだと痛切に感じた僕のバングラ滞在でしたし、僕にも多くの実りをもたらしました。
カジ:でも僕もバングラを出なかったらこのような絵は描けなかったことも事実です。
 
   
   
 
吉武:日本で鍛えられたり吸収されたものも多いと思います。ただ泥臭いだけで終っていない。リファインされている。30年間のうちに絵の透明感とともに精神的にもクリアーになっていったのですね。僕も日本人のフィルターによる日本語のような絵を描きたいと思います。
カジ:奈良の壁、京都の壁、東京の壁もすばらしいですよ。日本の魅力も僕にとってかけがいのないものです。それはこれからも変わりません。ありがとうございました。
 
   
(取材協力:みゆき画廊) 
 
  

 

カジ・ギャスディン(かじ・ぎゃすでぃん)
1951年 バングラデシュ・ポリプールに生まれる
1970年 バングラデシュ芸術大学卒業
1975年 日本国政府国費留学生として来日
1985年 東京芸術大学より学術博士号取得
1986年 カジ・ギャスディン画集「ベンガルの魂」(日本放送出版協会)出版
1998年 カジ・ギャスディン画集「自然の音」(筑摩書房)出版

日本、バングラデシュ、インド、パキスタン、スペインで個展・
グループ展多数

主な収蔵先 バングラデシュ近代美術館、バングラデシュ国立美術館、福岡市美術 館、東京芸術大学資料館、阪神百貨店60周年記念制
 
  

 

吉武研司(よしたけけんじ)
1948年 佐賀県佐賀市生まれ
1976年 東京芸術大学絵画科油画専攻卒業
1978年 同大学院修了
1984年 独立展独立賞受賞(85)
1986年 独立展会員推挙

個展多数・グループ展多数
毎日現代美術展、安井賞展、小磯良平大賞展、青木繁大賞展
などに出品。

独立美術協会会員 日本美術家連盟会員
女子美術大学 短期大学部教授