高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
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'Round About
第23回 長尾和典 VS 鷹見明彦

感情の赴くまま描いたような伸びやかさと繊細さを併せ持つ線が画面縦横に走っている。長尾が紡ぐ毛細血管を思わせるような緻密な線は、実は墨で描かれたものだ。美大の油絵科を卒業した作家が、何故油絵とは素材も方法も全く異なる現在の表現に辿り着いたのだろうか。 新進作家の制作の背景を探るべく、個展が開催された東京新橋のギャラリー閑々居にて美術評論家鷹見明彦との対談が行われた。


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■表現の模索
鷹見:長尾君は美大では油絵科ですが、墨を使った作品を描き始めたのはいつ頃でしたか?
長尾:墨で表現を始めたのは美大の二年生の時です。
鷹見:在学中ですか。
長尾:ええ、そうですね。
鷹見:きっかけは覚えていますか?
長尾:実はきっかけという程はっきりしたものがないんです。一年の頃は課題をこなしていくのに精一杯、その後二年で自分の絵を自由に描けるようになった時に墨を使って表現しようと思ったんです。墨は以前から好きでしたし。
鷹見:それ以前は油絵を描いていたわけですね。どういった絵を描いていたんですか?
長尾:人物、風景ですね。
鷹見:楽しんで描いていましたか?
長尾:正直それ自体を楽しいとは思っていなかったです。ただ描いていく過程で、自分なりにモチーフをどう捉えてどう表現するかを模索することはできました。油絵を描いている時に、これは今描きたいものじゃないなというもやもやした気持を感じていたのも事実なんですが。
 
  鷹見:自分の望む表現との違和感を油絵の表現方法や素材に対して感じたと。
長尾:ええ。
鷹見:そこで墨で描き始めたというわけですね。先ほどきっかけは特にないと言っていましたが、何故墨だったんでしょうね。
長尾:白黒のコントラストというのが当時油絵を描いている時のもやもやした気持ちを映し出すのに一番しっくりきたからだと思います。
 
 
■墨の面白さ
鷹見:ちなみに筆はどんな物を使っていたんでしょう。
長尾:描き始めた時は藁を束ねたものを筆のようにして、墨にどぼんとつけて一気に描くという方法をとっていました。
鷹見:藁でですか、それでどの位の大きさのものを描くのですか?
長尾:色々ですけど、大きいものは200号。床に置いて描いていました。
鷹見:その感じだとひたすら壁に向かって限られた大きさの中で作品を作るということから解放されていくような、アクションというか行為性に向かった姿勢が思い浮かびますが。
長尾:でも例えば奥行きの表現ですとか、絵画的なものを求める気持ちも強いです。
鷹見:そこは油絵では上手くいかなかったですか?
長尾:上手くいかなかったというより、しようとしなかったんだと思います。墨っていう素材の使い勝手の良さというか、紙に対して伸びがとても良くってすごく長い線が好きなようにひけることに惹かれていましたし。




 
  鷹見:水彩やアクリル絵具ではだめなんですか?
長尾:墨は色も好きで(笑)。
鷹見:そうか、すみません(笑)。墨は黒だけではなく、その中に五彩があるとも言われてますからね。墨は以前から好きだということでしたけど、水墨画とか墨を使った作品からの影響はなかったですか?
長尾:井上有一さんという方がいるんですけれど。
鷹見:前衛の書家ですね。
長尾:ええ。井上さんの作品を見てすごく驚いたんですよ。墨でのこういう表現方法があるんだなっていう。
鷹見:それは展覧会か何かで?
長尾:いえ、その時は作品集でした
鷹見:実物は見ましたか?
長尾:何度かあります。やはりすごくいいなと思いました。
鷹見:井上有一は書家ですけど、書と絵の差を考えたりしますか?
長尾:井上さんの書に関しては文字という印象を受けなかったので、特に差を意識はしませんでした。書と絵画も、表現の方法が違うだけで本質的なところは一緒かなとも思うんですが。
鷹見:書画同源という考え方もありますからね。それにしても井上有一というのがまた面白いですね。
長尾:そうですか。
 
   
   
 

鷹見:「一字書」というシリーズがあるじゃないですか。太い筆でばんと「花」とか一文字書いたものですけど。
長尾:ええ。
鷹見:それと藁で描いていたというのは非常につながりますね。でもそこから現在のような極細の筆を使って線を描いているんですから。
長尾:束ねた太い藁で描いていても、藁の固い部分から意図せずに細い線が出ることがあるんですよ。その線が気になっていて、これで全部描いたら面白いなと思って現在のような作品を描き始めました。
鷹見:藁は当然筆のような線はひけないでしょうが、予期せぬ線という点で面白みがありますね。筆のような道具は目的の為にどんどん洗練され進化するけれど、それと同時に失うものもありますから。それを考えれば、筆以前の原初的な状態に発見を見いだしていくというのはひとつの自然な道筋でしょう。
長尾:実は筆を使い始めた時少しとまどいました。道具を使って意識的に描いた線は、偶然生まれてくる線と全然違いますし。
鷹見:そうでしょうね。筆はパソコンに比べたら今や随分素朴な道具に見えますが、長い間使われ続けてきたということはある意味すごく洗練されているということなんですね。使いこなせれば表現の幅はすごく広い。だから藁を束ねただけのものから生まれる線とは違いますよね。逆に使ってみることで筆の面白さを発見しましたか?
長尾:今まで言っていたことと逆みたいになっちゃいますけど、線をコントロール出来るようになっていくこと。画面上に意図した線をひけるようになって、結果的に偶然生まれた線の良さから離れることになったので。

 
   
   
 
■イメージの源泉
鷹見:そうして現在に至ったわけですよね。井上有一の話が先ほど出ましたけど、今制作する上で影響を感じているものはありますか?これは絵画に限らず。
長尾:最近詩が創作のモチベーションになることが多いです。
鷹見:それは読むということですか?
長尾:そうです。
鷹見:例えば?
長尾:何でも読みます。萩原朔太郎、谷川俊太郎は最近読みました。今よく読んでるのはアメリカの詩人ヘイデン・カルースのもの。自分が言葉をうまく扱えないので、言葉で表現することに憧憬のようなものがあります。
鷹見:詩を読んで何かイメージが出てくるということなんでしょうか。
長尾:風景をうたった詩を読んでもその風景だったりのイメージは浮かばないんです。イメージといえば今作品で描いているような線が出てきます。
鷹見:先ほどの自分なりの捉え方、表現の仕方を模索したという話がありましたけど長尾君は線でということなんですね。カオスとしての世界に対して人間が自分を在らしめるために声や言葉を発して、それが線になって形象を生み出していった。そういう表現の原形がそこにはあるようですね。
長尾:そうですね。
 
   
   
 
■「普遍性」を描きたい
鷹見:個展は三回目ということですけど、何か変化を感じていますか。
長尾:線にしても空間にしても単純化されてきていると思います。構成全体もシンプルになっていますし。
鷹見:これからも墨の表現は続くのかな。
長尾:それは全然解らないです。色が出てくるかもしれないし、線ではなくなるかもしれない。今の表現方法はこれですがこだわっているわけではないんです。
鷹見:現代美術でもステイニングのような技法があってにじみやぼかしはよく使われていますけど、線は難しいんですよやっぱり。エッチングなら解るんだけど、長尾君のように墨と線で水墨でも書でもない表現をする若い作家は珍しいと思います。
長尾:皆の中にある共通の意識や普遍性を描きたいというのが僕のテーマで、基本的にそこがあっていれば色々な表現が出てくると思います。
鷹見:そうですね、その為にはこれから色々な作品を見るということも大切になってくると思いますよ。長い歴史の中では線だけでも本当に様々な表現が生み出されてきていますから。これからどういう展開になるか楽しみに見させてもらいます。
長尾:有り難うございます、頑張ります。
 
(2006.7.25 アートギャラリー閑々居にて取材)  
  

 

長尾和典(ながおかずのり)
1976年 オーストリア(シドニー)に生まれる。すぐに帰国
2002年 多摩美術大学油絵科卒業
2002年 「個展のような」展(アートギャラリー閑々居・東京)
2005年 「リゾーム/長尾和典」展(アートギャラリー閑々居)
 
  

 

鷹見明彦(たかみあきひこ)
1955年 北海道生まれ
中央大学文学部哲学科卒業
美術評論家連盟会員

博物学的視野に立った現代美術の評論、アジアや日本の現代美術、
若手作家の企画展を多く手がける。
主な共著書に「20世紀の美術と思想」「現代美術の教科書」(美術出版社)、「芸術・思想家のラストメッセージ」「アート×セラピー潮流」「クリエイティヴ・アクション」(フィルムアート社)、「左右/みぎひだり」(学燈社)、「ベネッセ福武国語辞典」(ベネッセ)など。
ホルベイン工業の「ホルベイン・アーチストナビ」のCafe Orange
でコラム連載中。
URL http://www.holbein-artistnavi.com/