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第11回 五月晴と五月雨 プロフィールをみる
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番外編


 今年もそろそろ全国的に梅雨が明ける。京都の場合、例年、祇園祭の山鉾巡行の7月17日前後に雷鳴がとどろいて激しく夕立が降るのが、梅雨明けのサイン。今年はちょうどその17日に京都の梅雨明けが発表された。

 梅雨が明けると、京都は蒸し風呂と評されるほどの湿度の高い暑さに襲われる。「夏=暑い」という概念を越えた息苦しさだ。もっともここのところ、日本中コンクリートとアスファルトに囲まれた都会は、そうたいして変わりがない。東京も大阪も、きっと名古屋も福岡も、夏場の午後は必ず例外なく暑いはず。

 さて、標題の二つの言葉、もちろん、「五月晴(さつきばれ)」とは新暦の5月、とくにゴールデンウィークとかにもっぱら用いる気持ちよく晴れ渡った青空のこと。「五月雨(さみだれ)」とは旧暦の5月に雨が集中すること、つまり梅雨である。

 言葉のもつイメージは不思議なものである。語源的に元をただせば前者の「五月晴」とは梅雨の晴れ間を表す用語であったはずなのに、同じ文字であっても、刷り込まれたイメージはなかなか払拭できない。「五月晴」のイメージと「五月雨」のイメージとは異なる季節のように思える。

 かな書作家であるぼくは、古い時代の和歌を題材とするのだが、その多くが旧暦をベースにしている。ゆえに今の暦とは合わない部分が多々あって困惑することも多い。

 要するに旧暦1月2月3月が春。春の初日は元旦なのだが、その日はおおむね今の節分の時期。なるほど、まだまだ寒さのピークだけれど、徐々に太陽の傾きに変化が感じられる頃に年が改まるというのは、なかなか的を射ている。さすがである。

 旧暦4月5月6月の夏は、今年でいうと5月21日から8月17日まで。確かに、お盆を過ぎて、海にクラゲが出るという頃だと秋の始まりといってもいい。なので旧暦7月7日の七夕はすでに秋。今年でいうと、8月24日。京都では地蔵盆という行事が各地で行われる、まさに、夏が過ぎ、秋へと切り替わろうという時期である。空気が澄み始め、星空にロマンを感じる冷ややかな空気が流れ始める頃に彦星と織姫のロマンスがあるなら、それって十分ありだと思う。

 秋が深まり、紅葉が山を真っ赤に染めることに、はかない自分の人生を投影する和歌が多いことにも納得がいく。みずからのピークを過ぎた人が、来たるべき静かな老後を夢見つつ、散るもみじ葉に自分の来し方を投げかける時、それが冬の到来とは見事。

 しかし冬の雪景色は新鮮な美意識に見守られた白の世界。すべてを白で覆い隠す美意識もまた寒さを昇華する気分一新の一大ページェント。清新なる美の世界といえる。

 そしてまた春となる。枯木にしか見えない梅の古木が一輪、また一輪とほんのり紅色の花を咲かせる。そのほのかな香りが新しい1年に向けての希望である。そして、桜の季節を迎えては、その咲いてはすぐに散る生き様に人々は世のならいを負いかぶせる。「三日見ぬ間の桜かな」という生命感に気持ちを集中させる。それでも桜を待ちたい、見続けたい、名残を惜しみたい。夜桜の酒盛りは論外としても、日本人に共通するそのはかなさに対する思いはなぜか消えることなくわが国民性として連綿されている。

 旧暦が物語る私たち日本人の国民性を、もっとつぶさに研究したいと思う。年を表す元号がすべて西暦に表記されていても構わなくとも、この列島に生き続ける私たちは、季節の移ろい、季節の気分を表す旧暦の季節感をこれからも忘れずにいたいと念願する。この日本独自の繊細な部分はグローバル化する必要もないし、対外的に外国人に分かってもらわなくてはならないポイントでもない。会議を英語で行う会社には必要がないかもしれないが、日本人として生まれてくる子どもたちには是非伝え続けていきたいと思う。それは、この列島に生まれたDNA。目に見えない旧暦受容度という項目が、日本人としてのメンタリティの基礎だと思うからだ。

 2012年7月


     
 
 

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プロフィール

日比野 実(ひびの・みのる)
書家
1960年京都市生まれ、同志社大学文学部卒業、
幼少より、書を祖父・日比野五鳳に学ぶ。
現在・日展出品委嘱、読売書法会常任理事、日本書芸院常務理事
大学非常勤講師(京都大学ほか)、水穂会副会長





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