高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
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'Round About

第56回 坂本佳子

極端なパースペクティヴと布を画面に用いる坂本佳子には既に定評があるのだが、その作品には単なる風景画ではない切り詰められた緊張感が込められ、その制作当初から今日まで一貫した態度を保ちながらも微細な展開を遂げているのであった。

※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。 
 
   
●作品の材質を教えて下さい。
坂本:油絵具とアクリル絵具、布を用いています。

●布を貼る意図はどこにありますか?
坂本:絵具と等価、もしくは延長として、自然に使用しています。布と絵具とでは発色、輝きが異なります。絵具には絵具の良さがあるのですが、布には絵具では出せない強さ―物質的な側面も含めて―があります。私はペインターでありたいので、「布を使って仕上げる」ことを特に目的にはしていません。

●すると他の素材でも構わないのですか?
坂本:布よりもいいものがあれば(笑)。これまでもアクリル板や粘土等、いろいろと使ってきました。しかしそれよりも体質的に馴染むのが布でした。それぞれの布が持つしなやかさや多様性が、制作していく上でのヴィジョンを豊かにしてくれます。

●布の蛍光色に惹かれるのですか?
坂本:これは、制作していく中で発見したことなのですが、たいていの布は、「その布とまったく同じに見えるように着彩、ペインティングしようとした」とき、蛍光色を使わないと、目でみた時に同じとは感じません。厳密にいえば絵具では出せない色彩なのですね。ですからあえて蛍光色を好むわけではなく、私にとって「色」とは自分の思いを現実化するための手段です。もともと私は自分が「色」に特別に敏感だとは思いません。自然にイイ色を使える人っているじゃないですか、そういうのとは違って、むしろネガポジ的世界観を持っているのだと思います。ですので色を使うときは余計に意識して、どんな画面にしたいのか常に問いかけています。「気持ち悪いネオンの感じ」とか「普通は使わないでしょ。けどそこを、あえて…」とか。
 
 
●布の「妙」ですか。透過性のない布を多く使用しますが、その中でも図柄がプリントされている布もあります。
坂本:既成の図柄は変なのがいっぱいあって面白いですね。画面の中で、私が描いたものとの駆け引きを楽しんでいます。その両者が綺麗に調和してしまうとつまらなくなります。様々な質感の布に予め絵を描いて、そこから切り取り貼る場合もあります。絵柄がある布をそのまま使う場合もあります。《南国の夜》に貼られている絵柄のある布の、左側は初めからプリントされていた布を使用していますが、右側のハイビスカスの絵柄は私が描いています。

●そうなのですか。言われるまで気が付きませんでした。そこには現代美術特有の「カットアップ」や「引用」ではなく、布と絵具の等価性が前提にあるのですね。
坂本:そうですね。気付いても気付かなくてもいいと思います。プリント図柄や色だけではなく、布の質感にもかなりこだわってきました。先ほどおっしゃったのと反して、透過性のあるものをあえて選ぶことも多いですよ。布の下からペインティングしたものが透けている部分など意識的に作ることがよくあります。旅行に行ったりして街を歩くと、常に布が気になります。気になればとにかく買うし、友人がどこかの国から調達してきてくれたりします。
 
 
●坂本さんは「肌に馴染む」とか「しっくりくる」とか、視覚要素よりも触覚要素が重要なのでしょうか。
坂本:むしろ最終的には肉眼で見た時の視覚要素でしょう。そのための経過として、両方共にとても重要と考えますが。最終的に「ムードのある絵」を目指している感じです。なかなかできないですが。

●それは制作の意図であり、方法でもあり、重要なところですね。詳しく聞かせて下さい。
坂本:コラージュにも思われる布の使用ですが、実は真っ当なことを普通に一通り限界までやってから作品を崩していくことが多いです。例えば《Bookstore》は本に埋もれて椅子に座る子どもを、油とアクリルで描きました。しかしそれで完成しても「ムード」がない。考えに考えて色々なことを試して、結果、画面下部に布を貼ることにしました。その布を選ぶことも大変な作業です。それでも、もっと、「何だかわからない感じ」が必要と、上左右の垂れ幕のようなものが登場しました。一例ですが、そのような過程を踏んで、作品は完成します。仕事の過程を楽しんでいるのですね。支持体パネルの、直接画面上にカッターをあてて切り取ったり、貼ったり剥がしたり、「ああでもない、こうでもない」とやっています。2005年の府中市美術館における公開制作では、見ている方だけでなく、美術館の学芸員さんたちも驚いていました。
 
   
 
●作品からある一定の距離に入り込むと、視覚的に布の質感、布であるという認識などが前面に出てきて、今まで感じていた色彩の透明感や、画面中のパースペクティヴな広がりがもたらす爽快感、空気感などが消失し、逆に作品の実体というか、会場空間の中での物体感、存在感が見る側にむしろ迫ってくる気がします。そのあたり「ムード」の表現とどうつなげて行こうと。
坂本:まさにその通りですね。画像や写真では伝わらない、実際に肉眼で絵を見た時、個展会場で絵に包まれた時に感じる物質感や皮膚感覚が、ものすごく大切だと思っています。絵の世界と物質感の往来、その体験みたいなものも含めて「ムード」漂うものになればと考えています。

●さきほど「過程を楽しむ」とうかがいましたが、とても大変な仕事の方法ではないでしょうか。
坂本:そうですね、作品の大小に関係なく一枚の作品が完成するのに三ヶ月位かかります。途中寝かせたり、同時進行で何枚か進めたりはしていますが。例えば《熱帯I-IV》など、最終的にこのような4枚組になるまでかなり時間を割きました。制作過程もそうそうですが、展示方法でも、横に並べるのか、一枚のみにするのか、二枚にするのか、どのような順番で…とか。
 
●物凄いこだわりですね。それでは当然、エスキース等も行わないのですか?
坂本:そうですね、したことないです。あまり計画的に描くタイプではないです。始めの段階では、どのようなものを描くのか、頭の中にははっきりとしたイメージはあります。途中でどんどん変化してしまいますが。現実にはない、頭の中の風景を描いています。デッサンを本画に起こすことができないのです。

●なぜデッサンを本画に起こせないのでしょう。
坂本:一度描いてしまうと、新鮮味がなくなってもう一度描く気がしないだけです。どうなるかわからない、という緊張感の中で作っているのが楽しいところもあります。

●凄い厳しさですね。確かに《南国 子ども I》にある二枚の布の隙間が微細です。この隙間は右上の矩形や、背後にある椅子に座った子どものカタチに対応しています。それはデザイン的というよりもやはり絵画的であるのですね。すると触覚を大切にしながらも非常に視覚的なのですね。このような厳格な画面はいつから制作なさっているのですか。
 
坂本:大学、大学院時代は、普通に油で具象を描いていました。今から考えると1993年、大学院修了後ぐらいから、美術界の動向は平面具象画回帰の頃だったのでしょうか?でも、周囲ではあまり平面に絵を描いている人はいなかったような気がします。特にその動向を気にする必要もなく、私自身、絵を描く事以外はしたことないですね。1996年の佐藤美術館における展覧会あたりから、極端なパースペクティヴと布が自然と入ってきました。  
●その後の展開は?
坂本:2000年から2001年まで文化庁派遣芸術家在外研修員として渡仏、それから2007年まで、このスタイルでは制作していません。南仏独特の光と空気に覆われて生活していると、今まで見た事のない光景をたくさん発見しました。この時期は、極端なパースペクティヴが広がる感触よりも、画面と見る人の間に漂う空間を操作するような作品を描こうとしていました。そして2007年末の国立新美術館での、「旅」展(文化庁在外研修制度40周年記念)に出展するための大きな作品を描く時、以前の制作方法を今ならヴァージョンアップしてできる可能性があると感じ、制作しました。この時の「基隆」という作品、今は府中市美術館に収蔵されています。とても気に入ったものができました。

●そもそもなぜ極端なパースペクティヴなのでしょう。
坂本:私にとって絵とは空間です。もっとも端的にパースペクティヴな単純な風景を面白く描いてみたかった。これをストレートに追求する人は少ないし。一本の水平線があり、そこに極端な2本のパース、ハの字の線を付けることによって4つの色面ができる。おのずとパースペクティヴな空間ができるのと同時に平面を感じるのが面白かったです。単純ながらに美しく、今回も新鮮な驚きとともに制作しました。
 
●一本の線にこだわりがあるからこそ、画面上の遊びにならないのですね。このような発想は、どこからきているのでしょう。好きな作品とかありますか?
坂本:研修先で滞在したマルセイユに、ル・コルビジェが設計した《ユニテ・ダビタシオン》(1947-52年)があります。特に名所でもない閑散としたところですが、このアパートの光、色、斬新さ、胎内性といった「ムード」が大好きです。それは、素晴らしい絵を見た時に似たものでした。このような世界観が絵画で出せないものかと。

 
●絵画に拘らない発想です。
坂本:今回の展覧会名《keelung》とは、台湾の港町「基隆」のことです。ここでの空気、日差し、空間の歪みを見て、マルセイユを思い出しました。今回の個展はこの感触自体をモチーフにしたものです。

●記憶と体験を大切にしているのですね。今後はどのような展開になるのでしょうか。
坂本:分かりません。一つだけ言えることは、自分が見ていて飽きないもの…、これまでの自分の理解を超える作品でなければならないということかもしれません。
 
Wada Fine Artsにて取材)  
  坂本佳子(さかもとけいこ)
1968年大阪生まれ、東京育ち
1993 多摩美術大学大学院 絵画修士課程 修了
2000-2001 文化庁派遣芸術家在外研修員/フランス

<個展>
1991 ギャラリーアリエス/銀座 '94にも開催
1992 ギャラリー仁/銀座'93 '94にも開催
1997 ギャラリーイセヨシ/銀座、兼松ギャラリー17/浜松町
2000 白銅てい画廊/京橋 
2003 ギャラリーイセヨシ/銀座
2005 公開制作「LOST VIEW」/府中市美術館
2005 「LOST VIEW」/ギャラリーイセヨシ/銀座
2007 「KEELUNG」ANOTHER FUNCTION/麻布台
2008 「KEELUNG 2」/Wada Fine Arts/東京
 

 

<グル−プ展>
1992 レ・セ' '91展/フジヰ画廊モダーン/銀座
1993 LA TAMA'93展/セントラル美術館アネックス/銀座
1993 東京セントラル美術館'93油画大賞展 招待出品/セントラル美術館アネックス/銀座
1996 赤木巳恵 坂本佳子展/佐藤美術館/新宿
1996 若手作家シリーズ展/佐藤美術館/新宿、美術の現代6人展/井上画廊/銀座
1997 奥野健男と多摩美の作家たち」展/電通恒産画廊/銀座
1999 「風を視たか」展/電通恒産画廊、松山、三越/銀座。同じく2000年にも開催
1999 ギャラリーイセヨシセレクション展/ギャラリーイセヨシ/銀座 
2000 越境視展/ギャラリーイセヨシ/銀座、日韓青年作家美術交流展/大韓民国大使館
2001 Exposition des artistes d'echange a、 l'Eole Superieure
2001 des Beaux-Arts de Marseille/マルセイユ美術大学/フランス 
2006 文化庁在外研修員の会40周年記念「出会いの翼」展/三越/日本橋
2006-2007 「みることのよろこび」/府中市美術館・常設展示室
2007 アートフェア東京/東京国際フォーラム/有楽町
2007 文化庁在外研修制度40周年記念「旅」展/国立新美術館/六本木
2008 IMAI SHINGO ENSEMBLE/KIZNA/東京
2008 ART@AGNES/アグネスホテル&アパートメンツ/東京
2008 アートフェア東京/東京国際フォーラム/有楽町