高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
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増田常徳VS佐々木豊
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'Round About

第61回 三瀬夏之介

第16回VOCA賞に輝いた三瀬夏之介の、初期から最近作まで含めた大々的な個展が、佐藤美術館で開催された。70年代生まれ作家の中でも注目を集めている三瀬夏之介は、正攻法な日本画の範疇にはおさまらない創作に果敢に取り組む。豊穣なイメージが天地左右重複と縦横無尽に増殖し、時間軸も過去・現在・未来を絶えず振幅しているような表現だ。今回は佐藤美術館学芸部長の立島惠氏がインタビューアーとなり、三瀬作品の生まれる背景をあぶり出す。

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立島:モチーフとしてはしごがよく出てくるけど、あれはどんなイメージ?
三瀬:小さな頃に本気で信じていたあるおまじないがありまして。真夜中に家を抜け出して、小枝で小さなはしごを作って砂山にぷすっと刺すんです。それが一晩中倒れなければ、その夜の夢の中で、そのはしごから小人がキュキュっと降りて来て、未来を教えてくれる。もし倒れてしまったらそのまま眠る様に死んでしまう、っていう。小学校一、二年生の頃です。成長してすっかり忘れてましたが、作品制作の過程で思い出したんです。絵を描くことやものをつくることは、僕の中では大事な記憶を取り戻す作業というか。子供の頃の、死を掛けてでも未来を知りたいっていう純真な気持ちを忘れず、この時代においても保存、更新していく為にはしごを作り続けています。
立島:それはいつ頃から?
三瀬:1998年頃からです。地に足のついた表現って何だろう?って考え始めた時期で。現代美術という領域でコンセプト作りとか無理矢理捻り出してた頃なんで、一度美術なんて関係のない幼少の頃に戻ろうと。
立島:三瀬君はどんな子供だった?
三瀬:至ってノーマルですよ(笑)。森が好きでよく虫取りをしたりしてましたね。ある時僕が遊んでた森が開発のため壊されたんですが、その時、森が削られて断面が見えたんです。それまで森っていうのは、中に入って探検したり、佇んだり、僕を取り巻く空間そのものだったんですが、その瞬間森にフォルムが見えて、もの凄い衝撃でした。自分の遊び場を壊されたっていう強い怒りがありましたね。その後近くの新興住宅街に引っ越したんですが、転校先の友達に、お前が住んでいる家のあるところは昔俺たちの森だったんだって言われて。自分が気付かないうちに加害の連鎖に入っているかもしれないという可能性に再びショックを受けました。
 
   
立島:作品に出てくる虫は、森の中で虫取りをしたイメージとかぶるの?
三瀬:冷めた現代美術ではなく、遊びの中で夢中になりたかったんだと思います。コンセプトを考えだすと、どんどん冷静になってしまうけど、そうではなく気づいたら日が暮れてたっていう様な制作がしたくて。その頃は阪神大震災の後で、いろいろと悩んじゃってた時期でもあって、ほんと絵が描けない時期でした。自分の為だけに描いてなんの意味があるんだろうって。何かの大きなものの為に、捧げものみたいに描きたいと思いました。『生贄』っていうタイトルなんですが捕まえた虫たちは結局殺せなかったです。表現したり自由に生きてる事自体で、何か気付かないうちに誰かに対して悪い影響を与えてるんじゃないか、っていう様な事を表現する為に、虫を捕まえて作品に閉じ込めてみました。
立島:舟が出てくるのも小さな頃の思い出だって聞いたけど、はしごの前それとも後?
三瀬:舟の方が後ですね。小さい頃に眠りに落ちる瞬間をとらえようと思ったことがあって。寝ながら足を上に向けて枕を乗せて就寝すると、眠る瞬間に足が落ちて気づきますよね。そうして夢の導入を探していたんですが、ある時それが叶えられたんです。僕は舟の中に横たわっていて、周りを見渡すと何艘かの舟に友達も乗っていて同じ方向に流されていく。あぁ、こうやってみんなで夢の中に入っていくんだなって。“夢中”に向かう舟ですね。
立島:小さい頃の経験や体験が、随分作品に反映されているんだね。
三瀬:ええ。人が物事を決定する時って、自身の様々な過去の経験や情報、痛みや辛さ、喜びなんかを参照してると思うんですが、そういう小さい頃の記憶が抜け落ちていたら非常に恐いなと。小さい頃は人間関係や利害関係とかまったく考えないで色んな事をやっていたはずなのに、今まったくピュアなことするのって難しいでしょう?少しはそういう事を頭の片隅に置きたいと思います。怖がらずに純粋に色んなことを決定したい。
 
   
   
立島:作品に、意識的に入れてるわけではない?
三瀬:意識的に入れてましたね。大事な記憶を取り戻したかったから。はしごを作り続けたりするのも、同じ事の繰り返しかもしれませんが、僕の中では記憶の保存・更新・保存・更新の連続。消えてはいけない記憶は手を動かして自身の中に保存していく。
立島:作品の中でも凄く象徴的に出てくるし、展示の仕方もそうだし、とっても大事なツールなんだろうなっていう感じがした。今回、三瀬君の展覧会を開催できたのは、僕にとっても美術館にとっても、とても大切でプラスになる出来事だったけれども、本人にとってはどう位置づけた?
三瀬:そうですね。若い人たちの作品を多く見てきている立島さんは目が肥えているので(笑)、ここで評価されたらっていう気持ちはありました。あとアートバブルがあったじゃないですか。あの頃僕はイタリアにいたので実感はあまりないのですが、ネットから伝わってくる情報だけでも、デザインとアートが融合したとか、オークションがどうとか、完売がどうとか、とにかく日本は大変な事になってるなと感じてましたし、多少ながら僕にも影響はありました。でも今回僕はそういったことではぶれない芯のようなものを見せたかった。初めて佐藤美術館の空間を見た時には、天井が低く、構造も入り組んでいるので、作品単体での勝負はなかなか難しいなと思いました。けれどもここはまるで居心地のいいお家のようだという直感がありました。小さい頃の記憶であふれるような空間をこの広いスペースで展開できたら、ここ最近の日本画ブームとはまったく違った作家性を見てもらえるんじゃないかと。ちょうどいいタイミングだったと思います。
 
   
立島:会場内でアトリエを再現しているのはどういった思いから?
三瀬:以前、倉敷でアーティストインレジデンスに参加した時に電気設備のない児島虎次郎さんの旧アトリエで制作をするという経験をしました。この時に、描いた場所で見てもらうこと、作り上げられた空気の中で見てもらうことってとても大事だなと思って。同じ作品をギャラリーで展示した時にはスポットライトを当てたんですが、とても暴力的に思えてしまって。作品が真っ裸にされたような。僕の作品はパッチワークのようなものなので、自然光の中だと貼り合わせた部分に微妙な陰影が出てとてもいいんです。だから今回自然光は無理にしても、疑似体験ですがアトリエを再現して公開制作もしました。しゃべってばかりでしたけど(笑)。
立島:学芸員の立場でいうのもどうかと思うが、展覧会場ありきで作品を見せるっていう行為や概念に疑問を持っているんだ。作家にとって美術館で展覧会をするというのは大切なことなのだろうけど、そうじゃないもっと本質的なことを考えると、場の大切さや、違う場で展示する意味とかもを考えているわけ。例えば、作家の場合自分の大切な人だけ集めて見せるとかもあるだろうし、佐藤美術館の場合だったらガレージで制作してそのまま飾るとかね。いろいろ考えていて模索はしている。制作のリアリティとか空気とかも、見せられると凄くいいだろうと思う。
 
   
三瀬:実はアートから見捨てられつつあるホワイトキューブにも可能性があると思っています。現代のアートや美術って一般の生活からかけ離れてるっていうコンプレックスがあります。作家や作品にとってそんなに必然性のない商店街やビルなんかで展示したりすることによって一般市民との交流を深めるプロジェクト型の展覧会をよく見かけます。確かに場と作品の響きあう素晴らしい展示に出会うこともありますが、そういうことだけではなくて、作品単体をもっともっと掘り下げていけば、絵を見て心を動かされたり取り込まれてしまうとか、涙まで流すような可能性があるはずです。逆にもっと社会と遮断した空間を作って作品と対峙してもらえるような仕掛けが欲しい。絵本来の力って何だろうと。それが絵描きの本業だと思っているので、単純に外に出たらいいのかといえばそうでもないですよね。
立島:大勢の人に見てもらいたい、その役目が美術館。その為には何をしたらいいかをいつも考えていて、唐突な事をする必要はないんだけど、必然性に乗っ取った場を作る努力は常にしているよ。
三瀬:今回ゴミも含めた展示物を満載した2トントラックを立島さんに渡して、「ご自由に展示してくださいよ」なんていうのも面白いかなって思ったりもしたんです。さっきの話とは矛盾してるんですが、作品単体が大事と言いながらね(笑)。
 
   
立島:作品の見え方って作家が見るのと他者と、違う場合があるから三瀬君のそういうアイデアもおもしろいかもしれない。
三瀬:今、ブロガーたちによる展覧会レビューが活発ですけど、作家の意図から外れた感想って面白いですよ。そんな見え方するんだなって。
立島:ある種の恐さと同時に、引きつける可能性もあるかもしれないし。今回あの空間で実際展示やってみて、思い通りにできた?
三瀬:いつも絵を描いている様に空間を作れたかなと。余談ですが4階展示室の柱がいいなと思って。奈良の大仏殿にある、大仏の鼻の穴と同サイズの穴があいている柱に見えて(笑)。大仏殿のイメージで、屏風を這わそうと思いつきました。
立島:そういう事を嬉々として言うところが三瀬君は面白くてしょうがないね。今回の展覧会によって、何か今後の新しいイメージは沸いた?
三瀬:『J』という最新作に巨人が出てきます。大魔神に見えたり、ポセイドンに見えたり、救世主に見えたり、破壊者に見えたりと、色んな風に捉えてもらえる雄大な作品を作りたいと思ってきました。でもそろそろ、もう少し明確なメッセージとして絞っていってもいいのかなと。作品がひとつの結晶になる様な、一先ず答えを出してから、また更新していく作業をしてもいいかなと。
立島:素材やテクニックに関しては、緑青や箔を使った作品から墨まであったけど、これからどうなる?
三瀬:錆(緑青)はあまり使わないかもしれないですね。これからはまず雪が描きたいんです。ここのところずっと墨と和紙を使っていたから、雪の景色だねってよく言われてたんですね。何か理由があると思うんです。雪景を描きたいですね。
 
立島:ところで制作についてひとつ思ったことがあるんだけど。奈良のアトリエを訪ねた時オーバルの作品を作っていたでしょ。で、エスキースは作るの?って聞いたら、一切作らないと言ってた。ひとつひとつのピースの集合体でそこからイメージが増殖していったり、連動する事によって貼付け・加筆の繰り返し。画面に接近してやるでしょ?画面を彷徨っているような印象を持った。それで作り続けてぱっと引いた時に、自分で自分の作品を見てびっくりしたいと言ってたのが、凄く印象的だった。それに家があちこち描いてあって、描き終わるとその日その家に泊まるって言ってたよね。あちこちに旅をしている様な感じなのかな。
三瀬:金色の富士山を描いた時に、登る様に描いてみようと思いました。一日一富士山というつもりで描いていくうちにどんどん増殖していってしまって。自分の手に負えなくなったときに初めて壁に張りつけてみて、その風景に驚きましたね。ほんとに僕が作ったんだろうかって。
 
立島:そういうアーティストとしての世界観、価値観が面白いね。イメージが先にあって、それに近づける為にどういうアプローチをするかじゃなくその逆。それに出来そうになった画面わざと壊すでしょ?そういう行為を平気でやるのは凄く重要な事。なかなかできないよね。
三瀬:墨や染料を使う理由はそれもあって、一旦染まると生成りの布も和紙も元に戻らないでしょう。暴力的な事をしてる気がして。取り返しのつかない一筆一筆で、僕は和紙を犯してるんだという気分になることもあります。
立島:全然違う自分がいるとか?
三瀬:破壊衝動はあります。
立島:でもそれはしなくちゃいけないって思っている?
三瀬:そうですね、やっちゃう。
立島:最後に、三瀬君の肩書きは日本画家?岡本太郎は、「人間」って言ったらしいけど。
三瀬:人間!いいですね。でも僕はちょっと冷めていて、やはり絵描きです。絵描きって僕の中で能動的な動詞なんですよね。でも「美術家」や「日本画家」は他者からのカテゴライズでしょ?どこまでいっても僕は絵描きです。
 
(2009.2.7取材 協力/佐藤美術館  
  三瀬夏之介 (みせなつのすけ)略歴
1973 奈良県生まれ
1997 京都市立芸術大学美術学部卒業
1999 京都市立芸術大学大学院美術研究科修了
2007 五島記念文化財団美術新人賞の副賞としてフィレンツエに滞在

個展
2007 大原美術館 ARKO2007(倉敷)
2008 イムラアートギャラリー(京都)
2009 佐藤美術館(東京)
 
グループ展
2002 トリエンナーレ豊橋 星野眞吾賞展(豊橋市美術博物館/愛知) 星野眞吾賞受賞
2004 第2回 東山魁夷記念 日経日本画大賞展(ニューオータニ美術館/東京)入選
2006 MOTアニュアル2006 No Border「日本画」から/「日本画」へ(東京都現代美術館) 
2006 五島記念文化財団 美術新人賞受賞
2006 第3回 東山魁夷記念日経日本画大賞展 (ニューオータニ美術館/東京)入選
2007 文化庁買上優秀美術作品披露展 日本芸術院会館(東京)
2007 日本画滅亡論 中京大学Cスクエア(名古屋)
2007 ARKO(アーティストインレジデンス倉敷、大原)(大原美術館/倉敷)
2009 第16回VOCA賞

主なコレクション
豊橋市美術博物館 文化庁 大原美術館 東京国立近代美術館
 
 
●information
「VOCA展2009−新しい平面の作家たち−」
2009年3月15日(日)〜2009年3月30日(月)
上野の森美術館
東京都台東区上野公園1-2 tel 03(3833)4191
http://www.ueno-mori.org/