高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
日野之彦
小滝雅道
遠藤彰子VS佐々木豊
長谷川健司・中野亘
松本哲男
やなぎみわVS佐々木豊
清野圭一
Jean Claude WOUTERS ジャン・クロード・ウーターズ
長尾和典VS鷹見明彦
わたなべゆうVS佐々木豊
カジ・ギャスディン・吉武研司
千住博VS佐々木豊
山本容子VS佐々木豊
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治



'Round About
第17回 遠藤彰子 VS 佐々木豊
500号の大画面に果敢に挑戦する二紀会会員の遠藤彰子。一つの画面に断片的な日常の情景、ある日の記憶、見果てぬ夢、言い知れぬ恐怖、それらが可逆的視点で構成されている。そうした遠藤の心の内奥を佐々木豊が解読する。

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  果てしなき迷宮を創りだすのは“子どもの目”?!  
   
 
閉所が怖い……
佐々木:過去に見たことを再現する力はたいていの絵描きがもっているけど、遠藤さんは特別。幼児体験や小さい頃の記憶が、絵を描く原動力になっているんじゃない。
遠藤:小学校に入学した最初のクラスの友達の名前とか顔とかだけでなく、どこに座っていたかとかみんな覚えてますね。写真みたいに。
佐々木:大人になってからのことはぜんぶ忘れていくけど、子供の記憶力はすごい。日々初めてのものを見るわけだし、小さい存在だからいつもおののきの目をもっている。
遠藤:何か危険なものへの特別の感覚があるのかな。
佐々木:子どものとき、トイレに閉じ込められて出られなかったという体験をお持ちだとか。
遠藤:どうしても戸が開かない。おとなしい方で声が出せないのに、そのときは恥ずかしさに苛まれながら大声を出して。でもだれも来ない。今でも考えると冷や汗が出ます。
佐々木:ぼくも子どものとき、集団疎開で地震に遭い、倒れてきたお寺の柱の下に閉じこめられた。九死に一生を得たんだ。今一番怖いのは、地震で地下鉄に閉じこめられること。
遠藤:怖いですね。今でも狭いところに入ると、どうしていいんだか分からなくなる。だから広いところが好きです。
佐々木:子供のときに見たことを再現する能力。それから広々したところにいたい。その二つが根っこにある。
遠藤:そうですね。過去も引き出しの一つではあるけど、現在のこともいろいろと考えるんですよ。今生きてるということは何なのか、その実感をどう絵に入れられるかと。
 
   
  佐々木:初期の『部屋』シリーズだけど、あれは一つの部屋を描いて、次の部屋へという風に横ばい式に描いていったわけ?
遠藤:いえ、全体の構成はだいたい考えていました。一つ一つの部屋がうまいこと繋がるように、向こう側に階段があって、また次の部屋に登ったり降りたりしていけるような空間を考えた。あの時は妊娠中であまり動けなかったので、毎日日記風にちょっとずつ描いたんです。
佐々木:閉所への恐怖があるから、絵の中に必ず三次元の広がりや奥行きを実現しないと耐えられない。部屋を一つの単位として、必ず空間がずーっと繋がるようにね。
遠藤:私は絵は空間芸術だと思っています。みんな繋がっていくというのは、のびのび生きてるような開放感があるんですね。

 
 
インパクトは上から……
佐々木:女性でこんなでかい絵描いている人はいない。物理的に許せば、どんな大きな絵も描けるでしょ。
遠藤:そうですね。
佐々木:ユニットをつなげていけば、もっとでかいのも描けるんじゃない?
遠藤:構成無しにダラダラいくんなら楽ですけど、それはできないです。最初に構成があって、だから大きさに意味があると思ってます。
佐々木:構成がしっかりしてないともたない。
遠藤:しかも動きが無いと駄目です。気配と動きです。大作ほど、動きが全体にわーっと大きくないともたない。
佐々木:どういうきっかけでそう考えるようになったの?
遠藤:百号から二百号、三百号とキャンバスを少しずつ大きくしていくと、それはどういう意味があるのかと考えました。画面が大きくなるほど、どんどんいろんなイメージを詰めていかないとスカスカになってしまいますね。そうなったらもう絵は成立しないと思った。一つの絵を作るには、コンセプトをもって、それをちゃんと動かせるかということを考えて、イメージを詰めていかなければならない。過去のこと、これからのことも含めた現在ということを考える。現実のままだけでは、ただの普通の絵になってしまいます。
 
   
   
 


佐々木:抽象の作家だったら、今言ったことができる。だけど、具象はできない。実際のものをいかにそこに当てはめるかという難題がある。
遠藤:例えば巨大なワニをのたうちまわらせたり。だけど、普通にワニ描きますじゃしょうがないわけです。ワニと人間とが、いかに呼応していくかを考えます。それらがみんな同じ価値観を共有しているように描いていかないと、ワニと人間がひとつになった空間構成が生まれません。魚が出てきても魚を描いているわけじゃない。魚を通して、今の世界を描きたい。そうすると、いろんな絵が見えてくることが分かり、あちこちからいろんなイメージに参加してもらうようになったんです。
佐々木:でかい絵を成立させるための一種の方程式があるでしょ。導線は上のほうからもってくるべきだとか。
遠藤:大作の場合、特に縦の絵の場合、上に焦点をガーンと投げておくと、印象が下に向かって落ちてくる。それが自然な感覚に思えるんです。それから、いろんな構成を考えていく。これは(アトリエの新作)このエイの形がすごく綺麗だなって思って、画面にまず三角形を大きく入れて、ここから、ごわーっと落としていく。
佐々木:アメリカのイラストではまず抽象的な形の構成から出発して具体的な要素を当てはめる。日本の具象絵画だと形の説明から入って、構成を忘れるでしょ。
 
 

遠藤:エイは三角形に似てますけれども、私は三角形が先にあるんじゃなくて、先に具体的なイメージがあって、それをどういう構成で、どのように配置すればいいかと考えています。
佐々木:新しい構想はどのように生まれるの。
遠藤:この大作ではここまで描くと、もう新しいイメージは描きこめないので、描きながら次をなんとなく考えています。
佐々木:この絵では実現できないけど、次の絵でやろうと。
遠藤:ええ。これでは山椒魚のまわりがちょっと強く出過ぎているんで、今度はもっと豊かな空間を出したいなと。