高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
北川宏人
伊藤雅史VS佐々木豊
岡村桂三郎×河嶋淳司
原崇浩VS佐々木豊
泉谷淑夫
間島秀徳
町田久美VS佐々木豊
園家誠二
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治

長沢明氏
'Round About
第51回 長沢 明

長沢明は「比較的若い世代のことが気になります」といった。現代美術としての日本画の最前線を突っ走ってきたトップランナーは、若い世代に対して、壁となってそそり立つことを目指す。にゅーと存在する新しいトラは、伝統を踏まえたニュートラディショナルであり、ニュートラルの状態でもある。旧習と妥協しないしなやかな行き方が、表現者の真骨頂である。独自の厚いマチエールと、時代や他者との独自の距離のはかり方が長沢流の美学だ。

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空間の堆積
●繊細にして重厚なマチエールですね。
長沢:土と石膏で下地をつくります。壁画のような、あるいは野晒しにされたイメージを立ち上がらせたくて、下地作りには手間と時間をかけます。
●というと?
長沢:パネルのボードにいちど寒冷紗をはりこんで、そこに自家製の絵の具を食いこませる。ガーゼみたいな寒冷紗のあらい織り目のなかに絵の具が入りこんで、基底材がより堅牢になります。
●寒冷紗の布目の風合いをそのまま生かす作家もいますが、長沢さんは塗りつぶして、見えなくしてしまうほうですか。
長沢:画面の端を見てもらえば分かりますが、塗り重ねたあとに、削ったり、剥がしたりして研ぎだす作業があります。
●長沢絵画の人気の秘密は、ひとつにこの時代色を抱えこんだ空間の重みのようですね。ヴィンテージ物のように、時の経過がつくりだす画肌の複雑な風化作用は、戦後の日本絵画がもとめてきた空間の自立性に連なりますね。
 
 
トラシリーズ
●ところで抽象や立体・オブジェから描写に転じ、トラシリーズをはじめたきっかけは?
長沢:2003年に阪神タイガースが優勝したのを見ていて、漠然とトラが気になりだしたのが最初です。いわゆる写実のトラを描こうとは思っていませんから、本来題材はなにでもよかった。イメージとしては見たことのない生き物の原型というか、比較的身近にあって誰もが知っているのに、実は意外と距離の離れているモチーフを探していた。トラと人間の距離感は、個人によって相当のギャップがあり、遠近両用の面白さがあると直感しました。トラは日本画(東洋画)にとってよく描かれた題材ですが、ほとんどわれわれ現代人には縁がない。その猛獣の強さが表現の目的ではありません。ひょうきんであっても、まぬけであってもいいし、柔和であっても、すっとんきょうであってもかまわない。
 
●トラから連想するのは、江戸期の「奇想の画家」の一人、長沢蘆雪の水墨画ですが、あの猫のような大虎は、円山応挙の写実風のトラとは違って、同時代の禅宗絵画の象徴主義が入っているらしく、とても人間的で奔放、そして軽快な表現です。蘆雪はお好きですか。
長沢:ええ、自由で闊達、愛敬のある表現ですから、ぼくのトラと時代の鏡という点で、近しいかもしれません。ただ、ぼくの場合は、見えないものを描きたいというのが大前提です。
●トラの4本足は、椅子のような人工物で、彫刻のごとく立っていますね。目もクリッとしていたり、逆にまったく表情が分からなかったりする。
 
長沢:描くのではなく、刻むというか、周りから削って行って形をあぶりだすような感覚があります。
●エスキースを立体でつくるというのは本当ですか。
長沢:木片でトラのような形をつくって、そのマケット(模型)を下図のかわりにします。
●すると、いわゆる日本画の大・小の下図はつくらないのですね。
長沢:大作でも小品でも画面にむかって一気に描きます。モタモタしていてはダメで、大体の構想を頭に思い描いて、あとはぶっつけ本番です。
●そうした日本画の常識をくつがえすような志向性はいつごろからですか。
長沢:学生のころロシア・イコン画にひかれて見に行ったことがあります。その簡潔な造形が魅力的で、キリスト教の宗教画でもなければ、仏教の仏画でもない。宗教絵画であって、そうではない素朴な「イコン画」との出会いは、ぼくにとって独自の距離感がとても興味深かった。写実的ではない様式性、単純で大らかな生命の輝きも刺激的だった。ポンペイの壁画からも、同様の汎世界性が感じられます。自由な距離感を保てるのがいい。
 
 
●なるほど。デザインのような単なる現代美術志向ではない造形と色彩の厚みが、洋の東西を越えた歴史的な存在物とつながる点に、長沢さんの普遍的な美意識の核心があるようですね。日本画と現代美術の未来は、もしかするとマンガやアニメへの越境であるよりも、瞬間的で全人類的な過去の絵画表現との直感による遭遇のほうかもしれない。
長沢:執拗なマチエールがないと、ぼくはまったくダメですね。
 
 
●日焼けして黒くなったような画肌の色調から、「那智瀧図」のスッキリした空間性や「源氏物語絵巻」の剥落した高貴な色彩の残像を連想するのは、あながち見当はずれではないようです。 江戸期の前衛美術であった南画・禅宗画などの表現主義を、もういちど現代の視点から見直すと、面白いものがでてくる可能性がありますね。
長沢:それは若い人がやると思いますよ。

「泣かせ」とは
●小品を見ていると、ちょっと古色を帯びた清新で瀟洒な造形が、山口薫の詩的な油絵と共通しますね。
長沢:たしかに学生時代から好きな作家のひとりは山口薫です。ただし、いまは詩的な要素が「泣かせ」のサビの表現にならないように意識しています。
●「泣かせ」ですか。
長沢:いぜん、ある先輩から「ちゃんと泣かせがある」と誉められたことがありますが、いまは極力、節回しのようなつぼを押さえた表現は、使わないようにしています。見た人がハッとする、テクニック以上の作品でありたいですね。
 
 
●ほかに影響を受けた作家は?
長沢:作品に影響されたというよりも、作家として信頼できるという点からですが、予備校時代の講師にブルドーザーのような存在感の村上隆がいた。アカデミックな日本画に行かなかった理由のひとつは、大竹伸朗の大量の仕事を見せられたからかもしれません。
●なるほど。日本画の団体展に行かないはずだ。

題名はあだ名
●長沢さんの作品タイトルが独自ですね。青い色の「アオキトラ」、頭部を描いた「アタマ」、黒い顔の「ノワール」、黄色が印象的な「イエローエッジ」、口もとが「スマイル」、こちらを「ミテイルトラ」、跳んでいる巨大な「大ハネトラ」、尾がふたつの「ニオノトラ」等々どれも映像的で直接的、詩的にならないようにしたカタカナ表記がおおいですね。
長沢:ぼくにとってタイトルは、あだ名のようなものです。説明調にならなくて、しかも親しみやすくしたい。いつの間にか百点以上のトラを描いてきましたが、まだ描きつくした実感がないので、なおしばらくトラのシリーズはつづくと思います。ぼくがこのマチエールと原初的な生命のいぶきを大切にしながらトラを描くのは、結局、滅び行くもの、はかなさへの愛惜があるからなのかもしれません。
●新作個展の作品は、会期なか日でほぼ完売。圧倒的な人気だった。発表価格を抑えているのも暗示的だった。一般的にいうと、既存の日本画は、高額すぎるから敬遠されてきた側面がある。長沢絵画の価格帯は、将来の値上がりを考えると、とても魅力的である。また画家が最後に語っていたように、美は永遠ではない。地球環境が有限であるように、21世紀にあっては、美と文明の無限進化はありえない。命あるものの有限性を愛しみ守る美学が、アメリカの力によるグローバリズムに取って代わる日は遠くないといえよう。
 
(2008.4 ガレリア・グラフィカにて取材:篠原 弘/美術評論家)  

 

長沢 明(ながさわあきら)
1967 新潟県生まれ
1992 東京芸術大学絵画科日本画卒業
1994 東京芸術大学大学院日本画修了
2004〜東北芸術工科大学 美術科 准教授

[主な個展]
1994 ガレリア・グラフィカbis 東京
1997・01・04・06・08 ガレリア・グラフィカ 東京
1997 やの美術ギャラリー 鳥取
1999 ガレリア・グラフィカ&村松画廊 東京
2001・03・06 ギャラリーヒラワタ 神奈川
2002・05 楓画廊 新潟
 

 


[主なグループ展]
1994 第5回柏市文化フォーラム104大賞展−TAMON賞
1995 L. A インターナショナル モス・ギャラリー ロサンゼルス
1995 (坂倉新平、パトリシア・オリニック)
1996 アッサンブラージュ&コラージュ モス・ギャラリー ロサンゼルス
1996 第14回上野の森美術館大賞展 上野の森美術館 東京
1996 第16回天理ビエンナーレ 天理教道友社ギャラリー 奈良、大阪市立美術館、
1996 北とぴあ 東京、福岡県立美術館
1997 第14回山種美術館賞展(推薦出品) 山種美術館 東京
2000・01・02・03・04 99-00・00-01・01-02・02-03・04-05展
2000 ギャラリーヒラワタ 神奈川
2001 第1回現代日本画の再考展 ギャラリーNAF 愛知
2001 神奈川アートアニュアル2001展 神奈川県民ホールギャラリー 神奈川
2002 META展 丸善・日本橋店4Fギャラリー 東京
2002 BOX ART展 リアス・アーク美術館 宮城、新潟市美術館、おかざき世界子ども美術館、
2002 静岡アートギャラリー、高知県立美術館
2003 BOX ART展 三菱地所アルティウム 福岡
2004 新潟の作家100人 新潟の美術2004 新潟県立万代島美術館 新潟
2004 文化庁買上優秀美術作品披露展 日本芸術院会館 東京
2005 VOCA展 2005 上野の森美術館 東京
2005 BANDED BLUE 鶴岡アートフォーラム
2006 MOT アニュアル 2006 No Border 「日本画」から/「日本画」へ 東京都現代美術館 東京
2006 7人の現代アーチスト展 ガレリア・グラフィカ 東京
2006 第3回東山魁夷記念 日経日本画大賞展 ニューオオタニ美術館 東京
2007 第26回損保ジャパン美術財団選抜奨励展 損保ジャパン東郷青児美術館
2007 META ||展 神奈川県民ホールギャラリー 神奈川
2008 第16回MOA岡田茂吉賞展 MOA美術館 東京/巡回展ミュージアム 豊栄市博物館 新潟

[受賞・他]
1994 第5回柏市文化フォーラム104大賞展-TAMON賞大賞受賞、渡米
1997 五島記念文化賞美術新人賞受賞、98年まで渡英
2004 平成15年度文化庁買上優秀美術作品
2008 第16回MOA岡田茂吉賞優秀賞

[収蔵]
新潟県立近代美術館、新潟市豊栄博物館、文化庁