高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
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増田常徳
'Round About

第35回 束芋 VS 佐々木豊

束芋さんは、1999年自らの手描きアニメをコンピュータで映像化しインスタレーションとして発表した「にっぽんの台所」で鮮烈なデビューを果たす。「キリン コンテポラリー アワード」で最優秀作品賞受賞をきっかけに「にっぽんの横断歩道」、「にっぽんの通勤快速」と立て続けに話題作を発表。また、2007年6月には第52回ヴェネツィア・ビエンナーレに参加。現在、彼女は国内外で注目され、最も輝きを放っている若手作家の一人だ。この度の対談では佐々木豊氏のおじさんの本音も飛び出した。

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  マイナーはメジャーへの道?  
   
   
 
就職しようと全力で卒業制作
佐々木:まずこの変ちくりんな芸名は?
束 芋:田端家の三姉妹を呼び分けるために、次女の私が「たばいも」で、姉が「たばあね」、妹は「いもいも」と友達がつけたあだ名です。
佐々木:京都造形大情報デザイン科で、師匠が田名網敬一だね。一番影響を受けた人?
束 芋:田名網先生の授業は課題じたいも変わっていて、そのひとつに「100mの観光」というテーマがありました。私はバスに乗って平安神宮まで行く「観光体操」というアニメーションを創って発表しました。どうしてそういうアイディアに至ったかということを発表します。合評では他のクラスメートの発想が全て違うということを知る。私にとって大学で学んだことはすごく大きくて、未だにあの時の発想方法が今に繋がっていると思います。学生時代はやれることを全てやったという感じですね。
佐々木:やれること全部というと。
束 芋:アニメーション、イラストレーション、映像のディレクト、シルクスクリーン、銅版画、写真、広告キャンペーン、立体物……。
佐々木:そこでアニメーションにしぼられた。
束 芋:しぼった訳ではなく、結局どれも削ることができず全ての表現方法を少しずつ使ったのが、アニメーションを使ったインスタレーションになりました。
佐々木:学長賞を取った卒業制作の「にっぽんの台所」で、あれでだいたいの進路が決まったの?
 
  束 芋:自分を全部出し切って就職をしようと思っていました。堅実に給料を毎月貰う普通の生活を目指していましたので。でも、また展覧会のお誘いがあって、じゃ最後の記念に頑張って創った。そしたらまた、次の展覧会のお誘いがあって、賞を頂いてしまった。でもそれから五年くらい、ずっと就職活動を再開しようと考えていました。
佐々木:いつ就職を諦めたの?
束 芋:イギリスで素晴らしいデザイナーに出会って、それで逆に、グラフィックデザインの仕事は私には無理だなと思い知ったからです。
佐々木:どんなデザイナー?
束 芋:事務所もスタッフもきちんともっている方ですが、ポリシーに合わない依頼はいっさい断る。そういう生き方はデザイン界では奇跡的なことで、私には無理だと、どこかで妥協してしまうだろうと思いました。ただ、アートの世界でポリシーを貫くのなら出来るのではないかと。
 
26歳の教授
佐々木:26歳で母校の教授になった。ありえない人事だけど、よほど変わり者の理事がいたんでしょうね。
束 芋:理事長はもちろん「こんな小娘が」ということで反対していたんです(笑)。私も教授という立場はどういうものかわかりませんし、教えることも早いのではと思いましたが、学ぶことも多いかもしれないと考えて受けました。でもあとで、「教授」という世間的な名称と私の立場のギャップにすごく悩みました。
佐々木:ギャップというのは。
束 芋:私の作品を見ていない人も「教授なんでしょ、すごいね」と言ったり、作品を嫌いな人も嫌いって言いづらくなるんだろうなと。私は自分の作品を好きという人と同じくらい嫌いという人の話を聞きたいんですが、この肩書きを持ってしまうと難しくなる。言葉が表面的であれば何の勉強にもならないし、自分もきちんと反応が出来ません。その辺で違和感を感じました。人間関係には問題はなかったんですけど。
佐々木:辞めることはなかったじゃない、収入もあるし絵も描ける。
束 芋:収入も必要ですが、お金の面で縛られたくない。私は月四万円あれば生活していけますから。自分の時間を大切にしたい。制作だけではなく遊びたいし。でも授業を休むと罪悪感でストレスが溜まっていきます。
 
 
観客は何を盛って食べるか
佐々木:次から次へ日常のイメージが出てきますが、はじめスケッチブックに描くの?
束 芋:ビデオを撮ります。私は人体の形を把握していないので。
佐々木:人体デッサンの勉強をやっていないの?
束 芋:アニメーションを始めたのも、人物が描けないからでした。でも人物を描けない人が描いた人物画のほうが私は好きで、一生懸命描いた線の積み重ねが魅力的なんです。
佐々木:何でもない日常生活の中で首を吊っている人がいるかもしれない。どこからそういうイメージがででくるわけ?
束 芋:電車に乗っていて、あの窓の向こうの生活はどうなっているのかなとか、浮かんできた妄想が頭の片隅に置いてあります。カメラがパーンした先に、演出上欲しいなと思う洗濯しているおばさんが入って、その手の先に、あの妄想の、首つりをしている男の縄の先がつながっていく。
佐々木:何でもない風景からあり得ない世界が出てくる。そのイメージが素晴らしいと思うけど、絵にリアリティーがないと。チャチであっては…。
束 芋:私はチャチとは思いませんが。
佐々木:そこを議論したい。ありえない世界、つまり絵空事の上に、いかにも絵でございますという表現(絵空事)を重ねるそのチャチさかげんが我慢ならない。