高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
北川宏人
伊藤雅史VS佐々木豊
岡村桂三郎×河嶋淳司
原崇浩VS佐々木豊
泉谷淑夫
間島秀徳
町田久美VS佐々木豊
園家誠二
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治



'Round About

第60回 池田 学

大学の卒業制作以来、一貫して丸ペンを使った細密画を描き続けている画家・池田学。1作に1年以上を費やす寡作な池田は、細密な線により日々違うシーンを描き連ねることで、文明の営みと自然の融合する壮大な物語を画面上に構築してきた。今回、2年がかりの大作「予兆」が発表された個展を機に、その創造の過程を聞いた。

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●波というモチーフはどこから出てきたんですか?
池田:いつも行き当たりばったりなんですが(笑)、初めは漠然と「雪」をテーマにしようと思い、そこから連想したイメージを描いていきました。そのうち、いつものようにごちゃごちゃしたものが集積して、雪や氷、建物や車が、大きなうねりの中で塊になって押し寄せてくるイメージを、津波のような形に落とし込んだらどうかなと思ったんです。単純に今まで描いたことがないモチーフだというのも大きいですね。

●雪というのは漠然としたテーマですよね。
池田:そうですね。雪はあまり動かず、ポワンと積もっているイメージがありました。ただ、描くからには何か形のあるものにしようと思っていたんです。例えば、雪の塊から氷河が崩れたり、流氷のような動きを連想しました。そうやって連想したものを、行き当たりばったりで、3枚パネルを繋げた左下の端から描いていったんです。今回は最初にテーマを雪と決めたことで、自分を縛ってしまったところがありました。波を描き出したのは、制作開始から1年ぐらい経った頃でした。


●山が好きだと聞いていたので、雪山のイメージが池田さんにフィットしたのかなと思っていました。
池田:それもあります。クライミングも、スキーも大好きで雪山にはよく行くんです。細いペンで描く作業はどうしても時間がかかるので、自分の好きなモチーフじゃないとあまり描く気は起きないんですよ。毎日違うシーンを描きながら、漫画の1コマ1コマや、映画のすべてのシーンを、1つの画面で見せるようなイメージで画面を創っています。1日10センチ四方しか進まず、この作品は2年かかりました。

●池田さんの作品に毎回共通して出てくるようなイメージもありますね。緑や遺跡、廃墟だったりは意識して描いています?
池田:いや。特別に、いつも遺跡や飛行機、船を描きたいと思っているわけではないんですけど、自然と描きたくなるんです。むしろあまり興味はないんですが。ただ、絵のモチーフとして描くのが好き。ビジュアルが面白いということに尽きます。
 
   
  


●それは面白いですね。モチーフが池田さんの記憶と強烈に結びついていたりということもないんですか?
池田:全然ないです(笑)。形が面白いと絵として描いてみたくなるんです。そういう意味では、ビルのようなきれいな建物よりも、遺跡のように時間の経っているものに惹かれます。割れ目から草が生えてきたり、根っこが入り込んで遺跡がパコッと割れていたり、そういうテクスチャーが面白いし、イメージがすごく膨らみます。

●たしかに池田さんの絵は、エスニックな雰囲気が漂っていますよね。旅行にはよく行くんですか?
池田:ちょこちょこ出掛けています。2002年には、取材旅行という名目で、東南アジアを一人で4ヶ月かけて放浪しました。当時は、周りで沢木耕太郎の『深夜特急』が流行っていて、僕もやはり憧れて、とりあえず行き当たりばったりで出掛けました(笑)。行ってみて驚いたのは、電車一つとっても、ボロボロだったり、異常に長かったり、東京で見ていた形の常識と全然違って、そういうものが本当にごみごみとしてそこにあることです。それが僕の絵のイメージとすごく合う。どこを見ても垂直がなくて、ぐねぐね歪んでいたり、屋根の上にもう一つ屋根がドンと立っていて、その上に誰かが寝ていたり、ありえないようなものがごちゃごちゃ積み重なっているのが、すごく面白い。そういうところを選んで出掛けて、絵の元にするための写真をたくさん撮りました。

●今回の作品で新しいチャレンジはありましたか?
池田:斜めからのアングルはそうですね。これまでは画面の真ん中にモチーフをドンと入れて、アングルをあまり考えなくてもいい絵を描いていたんです。そういう意味で、構図の計画性がないとできない絵もあるんだということがよくわかりました。
 
バラバラに描いているようで、奥、手前、その間という空間的な配置は、頭の中で把握しているんですよ。それが秩序になっているので、そこだけは気をつけています。僕の絵はごちゃごちゃしているので、ある程度、距離感や立体感がないと、どこを見ていいのかわからない絵になるんです。

●池田さんは下絵を描かないんですよね。
池田:そこはよく勘違いされるんですけど、全体の下絵は一切描かないけど、部分部分では下絵を描くときもあります。特に複雑な形になったときは、下絵を描かないとできません。ただ全体の下絵を描いてしまうと、そこでイメージが終わってしまって、あとはそれを清書する単純作業になってしまう。それではとても2年かけてはやっていられないというのがありますね。ただ、下絵を描いて消しゴムで消して、とやっていくと絶対にまとめてしまう。予定調和で常識的なものになってしまうんじゃないかというのもあって、やはり描きたくないんです。行き当たりばったりで描いて、何ができるのかわからないからこそ自分でも面白いんです。
 
   
   
●波を描く上で参考にした図版などはありますか?
池田:葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」や、円山応挙の「波濤図」の表現を見たり、サーフィン雑誌を見たり。ただあまり見過ぎると、逆に「波というものはこうだから」という常識が入ってきてしまうので、そうなる前に止めて、ということを繰り返しました。

●作品はパネル4枚を繋げていますが、当初は3枚でしたよね?
池田:そうなんです。描いているうちにだんだんモチーフの波が成長して、息苦しくなってきたんです。波なのか山なのかどっちつかずなイメージで、途中からすごく違和感があったんですよ。それで急遽、個展前1ヶ月ぐらいで左に1枚継ぎ足しました。余白は思いがけず広がってしまいましたけど、印象はだいぶ変わりましたね。よい勉強になりました。

●4枚にしてアトリエに並びました?
池田:いや、3枚でギリギリでしたね。結局、アトリエと寝室の間のドアを外したんですけど、全体が見えるほど下がれないので、1枚足してどういう効果があるかがよくわかりませんでした。全体として見たのは展示してからが初めてだったんです。今まではパネル2枚で描いていたので、あの部屋でもそれなりに離れてみて、できていたんですが、ちょっと大きすぎて、アトリエで見ていた形とギャップがけっこうありましたね。
 
●これで完成と決めるのはどういうタイミングですか?
池田:いつもはこれ以上描くところがなくなって、よし完成という感じです。今回も自分の中のイメージで描くところがなくなって終わりました。もっと時間があればもっと描くのにっていうことはないです。

●そもそも今のような作風になったのはいつ頃からですか?
池田:大学の卒業制作からです。山岳部で出掛けた岩山を、写真を見ながらペンで細かく描いたんですけど、立体か、油絵か、どういう作品にしようか決めかねていました。それで、担当教官だった中島千波先生に相談したら、これをそのまま大きく描けば面白いんじゃないか、と助言されてハッとしたんです。いつも描いているペン画の細かいエスキースが、そのまま作品になるなんて思いもしませんでしたから。その一言で、自分のやりたいことと、できることが繋がりました。

●それにしても細かいですよね。
池田:もともと対象を部分でしか見られない性格なんです。木として見る前に近づいて幹ばかり見てしまう。予備校での石膏デッサンも、全体から部分が描けなくて、目、鼻、口って部分の集積でしか全体を描けませんでした。でも逆に、全体を作ることができれば、部分からでもどちらでもいっしょだと思うようになりました。いざ描き始めると、初めの頃は真っ白で、何を描くか選び放題なんですよ。ゆっくり考えながら、時間の余裕もあって筆が進まない。だけど、どんどん描き足していくと周りの状況から、描くものが自然と絞られてくるので制作のペースは上がっていきます。

●作品を量産できない状況は生活的に辛くないですか?
池田:売れる売れないより、まず描きたいものを自由に描きたいという思いがあります。もちろん生活があるので、売れなくてもいいという割り切ったものではありませんが……。そういう意味では、ギャラリーにも恵まれました。ふつうのギャラリーでは、大きい絵に時間を費やすなら、小さい絵を何点も描いていろんな人に持ってもらったほうがいい、と言われます。僕はそれが納得できなかった。でもミヅマアートギャラリーでは、「時間がかかってもいいから大きい絵を描け」と言ってくれます。自分がやりたいことのできる環境にいるのは、すごく大きいですね。
 
(2008.11.21ミヅマアートギャラリーにて取材)
※作品以外は2008.7.16池田学アトリエにて撮影:川本聖哉 
 
  池田学(いけだ・まなぶ)略歴
1973 佐賀県多久市生まれ
1998 東京芸術大学美術学部デザイン科卒業
1998 グループ展「次代への表現展vol.6」
   (おぶせミュージアム・長野)
1999 グループ展「次代への表現展vol.7」
   (おぶせミュージアム・長野)
2000 東京芸術大学大学院修士課程修了
2001 個展(銀座スルガ台画廊・東京)
2002 グループ展(長谷川空間創造会社・東京)
2004 個展(新生堂・東京)
2004 グループ展「こたつ派2」(ミヅマアートギャラリー・東京)
 
  2005 グループ展「Since 1994- ミヅマアートギャラリー10周年記念展」
   (ミヅマアートギャラリー・東京)
2006 個展「景色」(ミヅマ・アクション・東京)
2006 グループ展「Alllooksame. ArtChinaKoreaJapannext」
   (The Fondazione Sandretto Re Rebaudengo・トリノ)
2007 グループ展「第10回 岡本太郎現代芸術賞展」(川崎市岡本太郎美術館・神奈川)
2007 グループ展「Thermocline of Art - New Asian Waves」(ZKM・カールスルーエ)
2008 グループ展「もうひとつの風景:森アートコレクションより」(森美術館・東京)
2008 グループ展「Re-Imagining Asia」(The House of World Cultures・ベルリン)
2008 グループ展「Great New Wave: Contemporary Art from Japan」
   (Art Gallery of Hamilton・ハミルトン)
2008 グループ展「ORDER RECEIVED」ミヅマアートギャラリー、東京
2008 グループ展「ネオテニー・ジャパン -高橋コレクション」(霧島アートの森・鹿児島他)
2008 個展(ミヅマアートギャラリー・東京)

 
 
●information
「池田学 展」
池田学 展 2年がかりで制作された最新作「予兆」が公開されている。これまで最大サイズとなる画面に、シーンが尽くされたこれまでどおりの超細密な世界観を呈している。

ミヅマアートギャラリー
◎東京都目黒区上目黒1-3-9藤屋ビル2F◎TEL.03-3793-7931
◎2008月11月26日〜2009年1月17日
◎11時〜19時◎日月祝休

http://www.mizuma-art.co.jp