高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
松井冬子VS佐々木豊
日野之彦
小滝雅道
遠藤彰子VS佐々木豊
長谷川健司・中野亘
松本哲男
やなぎみわVS佐々木豊
清野圭一
Jean Claude WOUTERS ジャン・クロード・ウーターズ
長尾和典VS鷹見明彦
わたなべゆうVS佐々木豊
カジ・ギャスディン・吉武研司
千住博VS佐々木豊
山本容子VS佐々木豊
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治

松井冬子氏

'Round About

第14回 松井冬子 VS 佐々木 豊

現在、東京都現代美術館で開催中の「MOTアニュアル2006 No Border−「日本画」から/「日本画」へ」で注目を集めている松井冬子さんと、彼女の元教師の特権を活かし、ズバリ、ズバリと鋭い質問を繰り出す佐々木豊氏との異色対談。『アート・トップ』208号の中から一部をネットで配信します。

※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。   
  “怨念”は創造の起爆力たりうるか  
  佐々木豊氏と松井冬子氏  
 
女性画家への社会的理解は低い
佐々木:女子美短大から芸大に移ったわけだけど、女子美は腰掛けだったの? ぼくは二十五年もいたのに。
松井:腰掛けではありません。女子美の子は本当におしゃれだしカルチャーに対するアンテナが敏感で、オタクで、裕福だった。寮の仲間は最高に面白かったですね。私の原点。
佐々木:ここに女子美のときの証拠写真があるんだけど。
松井:最高ですね。ひどい(笑)。女子美のときは丸坊主にしていました。
佐々木:それはスクープだね。なぜ坊主にしたの。
松井:町を歩いていて、突然思い立って。
佐々木:失恋?
松井:失恋とかではなく、たんなる気分転換ですね。ただの思いつき。
佐々木:かなり危険なタイプだね。結婚した相手と突然別れて飛び出していくみたいな。そのくらいの決断だと思えるけど。
松井:坊主のあと少しのびたらすぐ金髪にしていたかな。
佐々木:若い時はみんな、自分の身体を表現媒体として目立とうとする。
松井:そんな大げさなものではなく、ただのファッション。
佐々木:ぼくも寮の経験あるけど、毎晩、先輩からナンパの指南してもらった。ところで、芸大は合計すると七、八回は受けているよね。最初は油絵科で、途中から日本画に方向転換したのは、入りやすいと思ったから?
松井:それは関係ありません。油絵の受験て、いろんな技術を盛り込んで面白いのですが、しっかりと描写するということよりも絵づくり重視。日本画科は人物を描くにしても、上から下までびっちり蟻がはうように描く。私は絵を描くことがとても好きだったし、おそろしくストイックな姿勢にもひかれました。じつは、芸大日本画科の女子の倍率は非常に高くて、デザイン科や油絵科よりも倍率が高い。男子と女子の定員は同じですが、受験者数が男子の六倍ですから。
佐々木:なぜ女子に厳しくなるかわかる?
松井:女子に厳しいというより、基本的に女性に日本画家は少ない。ということは、女性の創り出すものへの理解が少ないということです。女は大学を腰掛け程度にしか思っていないと思われるのも、社会の構造ですし。
佐々木:藤島武二が油絵は腕力がいるから女性には向いていないと言った。日本画は水性で腕力がいらないと。
松井:言われてみるとそうですね。腕力と言うことでは油絵の方が使いますね。日本画は一本の線をすうっと息を止めて描くとうような精神の力のようなものがありますが。
 
   
 
グロテスクの源泉は
佐々木:日本画は、今日の青空のみたいに脳天気なイメージが多いじゃない。それなのにあなたは死とか負のイメージを追求している。それは戦略なの、それとも気質?
松井:気質を生かして戦略的にいこうと思った、と言うと変ですが、負のイメージをどう相手に伝えようとしているかは常に考えています。
佐々木:色がないし、内臓とか気味の悪いものしか出て来ないじゃない。それはなぜなのか。
松井:気味悪くもないし、美しいですよ(笑)。
佐々木:ぼくも女の体内から蛇が出てきたり、内臓をむき出しに描くとかという時期があった。それは、女に対する恨みつらみからだったんだ。女子美の子だけで三人振られたもの。
 
  松井:そんなぶっちゃけた私生活話は女子美では聞いたことがありませんでした。
佐々木:でもそういう風に具体的にしゃべってもらわないと、活字にならないの。
松井:具体的にですか。もともとの気質もありますし、男性に対してコンプレックスもあります。それは社会的に植え付けられたものですが、昔おそろしく頭の良い男性と出会ったことも理由の一つかな。
佐々木:それとグロテスクなイメージとどう関係があるの?ふつうは、彼の頭がよければ、ははあとひれ伏して従っていけばいいわけだけど、コンプレックスをもつということは、男勝りということか。そこ期待するんだけど。絵の世界は男女でないとだめ。中性でないとね。それが絵をかくパワーとか、グロテスクなイメージとかにつながっているはずだから。グロテスクな表現と内面とは結びつきがあると思う?
 
    松井:全然ないですね。むしろ女性に向けて女性が同調するであろうと思いながら制作しています。男性と女性では美術に対する考え方は全然違っていて、男性は作品も大きければ大きいほど良いみたいな部分があるけど、私は物の大小はどうでもよくて、女性は、子供という分身をつくるという能力があり、同調するという能力が優れていると思います。そして女性性をもつものを自分と同一視して見る傾向がある。だから、絵に対してシンクロするかしないかというところで作品を観ると思います。
佐々木:表現者としての男女の感覚の一番違うところってどこ?
松井:男性は直接に攻撃的な作品を作ります。女性の作品は受動された鬱屈による放出ですね。たとえば上村松園、草間彌生、ニキ・ド・サンファール、ジェニー・ホルツァー。ああいった作家も直接的な攻撃性
 
  というのではなく受動されて積み重なったものによる攻撃性があると思います。ネガティブっていうのはずっと積み重なるものなんです。それが溜まり続けた時にポジティブになり、攻撃性に変わるんではないでしょうか。
佐々木:それをあなたは女の感性の一つである色で表現するのではなく、モノクロームでやる。そこが不思議なんだよね。
松井:男性が観てもわかるように描いているつもりなんです。女性に向けて制作したい、同調してもらいたいけど、男性が観てわからないのは問題外。美術はほとんど男性が占めている世界ですから。ですから作品が、雰囲気や色が主体ではなく、ロジックである必要がある。
 
  佐々木豊氏 松井冬子氏