高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
日野之彦
小滝雅道
遠藤彰子VS佐々木豊
長谷川健司・中野亘
松本哲男
やなぎみわVS佐々木豊
清野圭一
Jean Claude WOUTERS ジャン・クロード・ウーターズ
長尾和典VS鷹見明彦
わたなべゆうVS佐々木豊
カジ・ギャスディン・吉武研司
千住博VS佐々木豊
山本容子VS佐々木豊
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治

やなぎみわ氏

'Round About

第20回 やなぎみわ VS 佐々木 豊

現在、国内外を舞台に活躍中のやなぎみわ。『アート・トップ』の連載企画「佐々木豊のホンネでファイト!」の中で、アート界きっての名インタビュアー佐々木豊が、やなぎの創造の源泉を探り出そうと懸命のパンチを繰り出す。ときに、やなぎの強烈なカウンターパンチの応酬。そんな臨場感あふれる対談の攻防を一部ネットで配信します。

※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。   
  カメラは先端の絵筆。……だけど、“美術”はオールドスタイルの極地?!  
   
 
工芸からドロップアウト
佐々木:今日は俗っぽく入りますけど、例えば魚屋のおじさんに自分が紹介される時、どういう肩書きで行きます?
やなぎ:まあ、美術作家ですね。
佐々木:写真家じゃなくて?
やなぎ:フォトグラファーだと思ったことは一度もないので。私はもともと京都芸大の工芸科に入って、学部の四回生ぐらいまでは着物や屏風とかを型友禅の手法で制作してました。それがすごく好きだったんですよ。ただ、四回生ごろからだんだんと苦しくなってきて。
佐々木:なぜ?
やなぎ:工芸というのは、一つのプロセスも落とさずに失敗しないように最後まで仕上げるという作業です。作業途中で方向性を変えるとか、悩んでちょっと手を止めるとかということは、特に染色は絶対許されない。その縛りがだんだん鬱陶しくなってきて、ドロップアウトしちゃったんです。今でも工芸が好きなんですよ。でも好きだからこそ、さよならしたというところもあります。
 
 

佐々木:卒業制作は工芸?
やなぎ:そうです。大学院の時、きちんとした素材と技法を使う工芸から逸脱して、布を使いながら、草間彌生さんのような立体作品をやり始めちゃったんです。ああいう多産的で過剰な表現にすごく憧れた時期がありまして、樹脂を塗った布地で部屋を全部埋めて内臓みたいにするというようなことをやっていた。
佐々木:そこからアートっぽくなったんだ。ぼくは草間彌生のように、単位をくり返して、増殖しながら空間を埋めていく作家を編み物派と言っている。女流特有の感性だから。あれ飽きないかなと思う。編み物してまた絵を描いて、煮物を煮てまた絵を描いて。
やなぎ:日常なんですよ。飽きるという概念が無いんです。自分が拡大して世界になっていくということなので、別のことしなければ、とか、次の展開はどうしよう、とかいった強迫観念はないんです。 佐々木:でも、大学を出たらその世界は続かなかった。
やなぎ:アトリエもありませんし、いきなり六畳一間のアパートだけ。そうしたら、精神的に憑き物が落ちたというか、パタッと冷めちゃって。

佐々木:なぜ?
やなぎ:理由は上手く言えないんですが・・匂いとか触感とか、手の痕跡とかへの嫌悪感がすごく高まっちゃったんですね。そういう時に写真とか印刷物などのフラットなものっていいなと思ったんです。

 

 
企画決めずに画廊をおさえる
佐々木:増殖アートと写真はまったく結びつかないんだけど。
やなぎ:じつは無限増殖の部屋を広角カメラで一度写真に撮ったことがありました。その時、作品と自分との距離が出来て、風景が立ち上がった感じがして、すごく感激したんです。
佐々木:そこから、「エレベーターガール」までにはまだ距離が。
やなぎ:エレベーターガールは、箱の中でずっと同じ動作を繰り返してますけれども、私は卒業して三年間教員をしながら教室の中で同じような行為をやっていたわけですね。
佐々木:そこから、画廊で発表するような作品になるきっかけというのは?
やなぎ:不純な動機もあるんですけれどもね。
佐々木:動機はだいたい不純なもんだけど。
やなぎ:ええまあ。それでなんとか生活はしてたんですが、「制作をやめた」ということに罪の意識があって。かといって、もう一回工芸も増殖アートもやる気にはならない。完全に道を見失った感じで、このままやめるかなという感じがしましたね。ただ、やめるんだったら、最後に一つ展覧会をしてやめようと思い、貸し画廊にお金を払って予約したんです。何のプランもないのに。
 
  佐々木:それは賢明だった。そこに、エレベーターガールのイメージがぽんと出てきたわけ?
やなぎ:ええ。でも、どうしていいかわからない。結局、画廊に二人エレベーターガールを連れてきちゃったんです。
佐々木:それだけが、作品の展示の内容?
やなぎ:そうです。あと、女性の持ち物を写したライトボックスを並べましたけれど。今考えたら、よくそんなことしたと思います。
佐々木:生身を作品にするというのはさぞ苦労したでしょう。
やなぎ:ええ、その時は予想外の事も起こるし、かなり懲りたんです。物好きな美術館の方が、「これ、美術館でもやって欲しい」って言ってきたんです。
佐々木:どこの美術館?
やなぎ:兵庫県立美術館です。今度は十四人の若い女性にスーツを着せて、美術館の中で現代美術作品の「解説ガール」をやらせた。十四人中二人ぐらいプロのナレーターがいて、学芸員の難しいテキストを観客に、どんどん端折って読んだら分かりやすくなり、観客の人たちは彼女たちの説明を聞いて、納得して帰っていく。そういう作品です。グループショーだから私以外の作家の方も作品を出しているわけで、すごい迷惑ですよね。メタ的な視点を美術館に持ち込んで、批評的に作品を立ち上げていくという路線は、今風で面白いと思ったんですけれども、ただ、こんなアイデアだけでやっていいんだろうかと。工芸をやっていた自分がもう一度戻ってきて、すごく考えてしまった。
佐々木:会期が終わったら跡形もないからね。
 
   
  やなぎ:その時、小さなマッキントッシュが家にきた。アイデアだけの作品に行ってしまった自分と、工芸をやってた自分とのギャップを埋めるために、「エレベーターガール」の記録写真で、画像合成をやってみた。それが最初の私の写真作品です。
佐々木:それを発表しようと?
やなぎ:いえ、展覧会予定はなくて家に置いといたんです。そしたら、森村泰昌さんがそのころ、女優原節子に化けるという作品をやってて、昭和のボロボロのアパートで原節子が座ってるというシチュエーションを探していた。私のアパートが丁度いいっていうことになって、場所を借りに来た。
佐々木:将来の大作家に対してかなり失礼だね。
やなぎ:いえいえ、全く無名のアルバイト講師ですよ。それで、私が仕事に出ているとき、森村さんは偶然その作品を見つけたんですね。「やなぎさんは、こういうのを作ってるんですか。若い作家を探している海外展があるので出しませんか」と奨められ、出品してみることになったわけです。
佐々木:じゃあ森村氏が見つけなかったら、今のあなたはないかもしれない。
 
 
プロアマ混迷時代
佐々木:寓話シリーズを見るとね、ビジュアルショックがありますよね。血にまみれていたり、体は少女なのに顔だけおばあさんだったり。ぼくなんかはそこに一番引きつけられて、自分の絵に取り入れようとしてるんだけど。
やなぎ:取り入れてください(笑)
佐々木:先人では、私は、こういう人に惚れ込んでいるとか、影響を受けているとかいます? たとえば、これ見たことありますか?
やなぎ:あ、寺山修司さんは好きですね。あと唐十郎さんも。
佐々木:寺山のこの写真は、かなり、あなたの寓話シリーズに近いと思うね。
やなぎ:そうですね。あと金子國義さんなども。残念ながら世代が違いましたけど、この時代に参加したかったぐらいでした。
佐々木:他の作家から刺激を受けて、次なるアイデアに役立てるということは。
やなぎ:あんまりないですね。今は情報が多すぎるんでしょうね。子供の時は情報が少なかったのでそういう記憶はあるんですけども、いつの頃からか、この特定の人にすごく傾倒するとかなくなってしまった。
佐々木:どこで何を見たのか曖昧になっていく。
やなぎ:カメラもデジカメが出て手軽になり、プロしか使わなかったような高性能のカメラもみんなが持っている。それをまた、インターネットで発表する場所があるでしょ。いい作品もありますけど、宝石と匿名のゴミが混然となってますね。
佐々木:プロとアマの境界がなくなると、あなたもその他大勢と一緒になっちゃうんじゃない?
 
  やなぎ:そうですね。自分の作品を含め、すでに美術というのは、ものすごくオールドスタイルのものであると感じています。
佐々木:写真とかビデオとも含めて?
やなぎ:ええ、全部です。例えば私のやっている写真は複製美術です。なのに例えば「エディション五点しか作りません」とか、といえば、版画と同じですよね。そういう希少価値をつける感覚って、もうすごく古いですね。そもそもデジタルデータなのに。つまり今、全てのものが共有できる時代なのに、そのアンチをやるわけですよね。だけど一方で今の時点では、そういう矛盾は残ってもいいと思っていて、だから美術をやってるんですけれど。
佐々木:こう言っちゃ悪いけれども、絵はデッサン力がないと描けないけど、カメラは誰でも扱える。
やなぎ:そこが魅力なんですよね。誰でも出来る、開かれてるんです。まあでも、写真作品は誰が作っても同じかと言ったら、やっぱり一人一人違う。絵画的で、工芸的な部分もありますし。