高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
文字のいずまい
vol.15
顔真卿流に永久の命あれ!
臼田捷治(デザインジャーナリスト)
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 のように建築行脚を続けていると、その道すがら、官庁や企業、商店を飾る標札や商標文字に目が行く。そこで強く印象づけられたのが、顔真卿のスタイルを明らかに援用している、例の力強い楷書体にあちこちで遭遇したことだった。
 とえば中山堂の外壁にはその顔法で建物名が掲げられていた。入口の扁額や催事のチケット売場「售票処」の表示もそうだった。
 営銀行である台湾銀行と、前記の司法大廈の外壁には、やはりきりっとした顔法で名称が表示されていた。官庁関係は顔真卿流楷書が主流であり、規範となっているのではと想像される。そういえば、郵便局とか環境保護局の車両に書かれている文字もそうだった。ただしこれはステンシルと呼ばれる、あらかじめ型紙に文字部分を切り抜き、その上から捺染で刷りこむスタイルのもの。
 般商店でも顔法は定着している。例を挙げると、中心部より西寄りに位置する宿泊先のホテルから歩いて夜食を摂りに出かけた台湾名物「小籠包」の食堂「京鼎小館」の看板文字もみごとなもので感嘆した。

台北市政府環境保護局の車に書かれた
顔流ステンシル文字


食堂「京鼎小館」(台北市敦化北路)
の箸袋に刷られたみごとな顔真卿流店名
 り返しになるが、私が大陸の2都市を巡ったのは15年以上も前のことである。現在、中国でどの程度、看板類に顔法が定着しているのか、あるいは逆に風前のともし火状態なのかを知らない。しかし、台北では顔法が健在であったことを確認できたことは格別うれしかった。
 般企業・商店で顔真卿流が多いのは地元資本系である。だが、グローバル化が台北にも押し寄せ、日本を含む外国資本はそれぞれ独自にデザインしたロゴタイプ(商標文字)を使っているケースが大半。たとえば、日本の大都市と同様に、台北でも街の至る所でセブン−イレブンやスターバックスを見かける。これらの店は当然のことのように世界共通の統一デザインを採用している。また、地元資本系でも、新しいデザインを導入しているケースが多く、伝統的な商標文字からの離反が顕著である。
 念ながら、顔真卿流に代表される商標は、グローバル化の進展に押され、危機を迎えているのかもしれない。しかし、漢字文化圏において、力強い楷書は揺るぎない信頼性の証しであり、芸術性と視認性を併せもつ。それをもっともみごとに体現しているのが顔真卿の楷書であろう。台湾の顔法に永久の命あれ、と祈らずにはいられない。

今回で連載終了となります。
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