高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
北川宏人
伊藤雅史VS佐々木豊
岡村桂三郎×河嶋淳司
原崇浩VS佐々木豊
泉谷淑夫
間島秀徳
町田久美VS佐々木豊
園家誠二
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治


'Round About


第67回 木津文哉

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●会場には壁に沿う形で、立体的な作品がありました。あれは彫刻ですか。
木津:意識としては、平面を三枚繋げた、という意識で、特に彫刻を意図しているというようなことはありません。ただ、絵画は額縁によって遮断されていたり、ガラス(アクリル板)越しに間接的に観るといった展示になる事が多く、手で触れたり、直接絵肌の呼吸を感じることができない。この小屋のような作品は額縁で周囲の空間を遮断する事もないし、手を伸ばせば触れることができる。また彫刻は絵画と違って、三次元的な空間をより強く支配できる。そんなことを制作中は考えました。
それから、これは将来の目標の一つですが、作品を外側から見るのではなくて中に入ってみる、壁一面に家並みを作って、鑑賞する側が包まれるような空間も作ってみたい。ただし、下手をすると張りぼての大道具、横浜のラーメン博物館のようなディスプレイになってしまいかねないので、そこは気をつけないと。ただ、そういったキッチュな風景も惹かれるんですが。


●気にしないで、やってください。
 
   
   
美の基準は「きれい」から「美しい」
●多岐にわたる木津作品には、日本画的に見えるものもある。幕末長崎の川原慶賀、シーボルトと関係の深い洋風画家を連想するようなポタニカルアート風の花や根菜画。東欧方面を描いた扉や窓。飛び出し坊や、木製の飛行機や自動車など。題材の選択の基準は何ですか。。
木津:出合いでしょうが、強いて言えば、きれいというよりも、美しいという感覚です

●もう少し語ってください。
木津:「きれい」という単語は客観的ですが、「美しい」と言う言葉には主観・思想が入り込んでいる。
例えば、兵庫で発見した飛び出し坊やも、ぼくには面白くて美しかった。古びた看板もそう。そこに住んでいる人はおそらく通学路のありふれた使い捨ての交通標識でしかなくとも、それが美しかった。


●木津流の「美」の発見とその共感者・共鳴者の拡充とが、新しい美の定着と拡張をもたらす。木津さんの心のフィルターを通すことで何かが変わる。汚れ具合が面白く、それが少年の視点・秘密の基地となる。少年の目と心の記憶からは、跳び箱とか鉄棒、ブランコ、雲梯などは絵になりませんか。
木津:錆びた鉄の棒とか、壊れた跳び箱の一部はモチーフになるかもしれません。遊具全体ではイメージや物語が強すぎる。年代を経たものを描いて、その意味が変わるようなところが面白い。

●はみ出したいたずら坊やの感じですね。授業中よりも、放課後や通学の途中の方がふさわしい。
木津:そうした要素も大切ですが、何しろ白黒で執拗に描き続けるというのが私の出発点みたいなものですから。その頃の僕の作品を観て、宗教的な一途さを感じるという人が結構多かった。

●板でできた十字のようなものやKKKを思わせるような白いシーツの形があった。
木津:宗教的な意識は無かったのですが、意識としてはダ・ヴィンチのように描き込むのが目標でした。中世の絵描きの手腕を見せる基準の一つとして、布の襞をどれだけ達者に描き込めるか、という基準があったようです。そんな話を聞いて、ミクロの視点で布の描写、錆や剥がれの表現にこだわった。

●「神は細部に宿りたまえり」ですね。
木津:木片で植木を創ったり、丸い月や太陽が現れたりもする。玩具のような風景は、日本画的で、工芸的な捉え方ですね。
 
油絵と日本画の約束事の違い
木津:日本画の人は、描く対象を象徴化し記号化する。装飾への憧れ、のような意志を感じます。日本の油絵にはそうした方法論がない。日本画の約束事への憧れはあります。  学生の頃、谷川泰宏さんのアトリエに伺ったことがあります。キスリングの見たこともない豪華な画集が何種類もあって、マスキングテープの山と和服の端切れがたくさんあった。

●北千住のほうですか。
木津:そう、そう。当時ぼくの中では、制作の中でマスキングテープを使うなどという発想は全くありませんでしたから、とても驚きました。 更に衝撃的だったのが有元利夫さんです。あからさまに自己の制作方法を公表していました。アクリル絵の具や日本画の岩彩も使う。古典技法も使う。古色をつけるために描きかけのキャンバスを一度外して皺くちゃにする。額まで虫食いのような穴をあける。そうした自己演出は群を抜いていました。

●大藪雅孝さん、宮廻正明さん、澁澤卿さんなど独自の技法を開発したデザイン科の人たちがいましたね。
木津:ええ、デザイン科では日比野克彦さんも輝いていました。ダンボールに落書きするような感じですね。彼が関わっていたパルコの広告なんかにも衝撃を受けました。
 
   
●全体としては、油絵で描くことの困難さが噴出したのが、あの時代でしょうか。
木津:絵を描きあげるにはモチベーションの持続が必要ですが、それを維持するには、油絵では時間がかかりすぎる。僕を含めて、せっかちな若者には技法上のスピードアップが必要でした。

●絵を描くから、作るに変わってきた時代ですね。
木津:学部の頃に、それまでは見ることのなかったアクリル絵具が徐々に一般的になってきた。油彩絵具をエアブラシで画面に吹きつけてみたのは大学院の頃でした。現在は影を描く時にエアブラシをたくさん使います。ドリル、ナイフ、のこぎり、いろんな工具があります。自分でも古い木らしく見せるために、画面に「美しい傷」をつけるための専用の工具や刃物を自ら創る。しかしややもすると、作業自体が面白くなってしまい、表現行為とは別の部分で感じる労働の達成感、手順を踏んだ作業工程そのものにこだわりすぎると、その先にどんなイメージを展開できるかがなくなって、作品が硬直化していくようです。そこは気をつけないといけない。

●木津さんの作品は、その工芸的な要素が特徴で、強みですが、弱点にもなりかねない。
木津:完成した時のイメージを念頭に、緻密な作業を重ねていくわけですが、はじめモデリングペーストとか大理石の粉とか乾いた材質を使うせいか、水分を含んだ題材を描くのに課題があると感じています。自分で獲得した独特の技法や画材に逆に制約されてしまう点は気をつけないといけません。
 
   
●モチーフは少しレトロで、そこには同時代の感触がありますね。
木津:私が東京に出て来てしばらくして、ちょうどレンタルビデオショップというものが出来始めました。村上隆達とビデオを借りてきて、朝まで仲間と上映会を開いた。当時はまだアニメとは言わずマンガ映画と言ってましたが。このビデオの出現などによっても、確かに私の絵画のテーマは、アカデミックな教養から実感重視の方へ修正されるきっかけを掴んだのかもしれません。

●木津さんの世界は、昭和40年代あたりの記憶が原点でしょう。マンガ・アニメ世代の世界的な共感の美意識がその背景にはあるようです。 木津絵画は、精緻な写実であってレリーフ状。装飾的であって象徴的。トリックアートであって古典的。またポップな要素もある。時には日本画風で工芸的。多様な要素が高橋由一以来の日本の絵画史を踏まえている。もちろんその先には西洋絵画の歴史がある。だから東京芸大の教授に今年からなり、独立美術協会を代表する実力派の選抜展「十果会」の新しいメンバーに加えられたのでしょう。期待しております。
 
   
(2009.9.29日動画廊個展会場にて取材/篠原 弘(美術評論家)・協力/日動画廊、笠間日動美術館  
  木津文哉(きづ・ふみや)
1958年 静岡県浜松市生まれ
1983年 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻科卒業
1984年 独立美術展出品(以後毎年出品)
1985年 東京藝術大学美術学部美術研究科修士課程修了
1990年 第58回独立美術展中山賞受賞
1991年 第59回独立美術展高畠賞受賞
1992年 第60回独立美術展独立賞、第60回記念賞受賞
1994年 第37回安井賞展佳作賞受賞
1996年 第31回昭和会展優秀賞受賞
             1996年 第3回VOCA展
          1996年    山田太一著「見えない暗闇」表紙原画(朝日新聞社刊)
1997年 「木津文哉展」財団法人平野美術館(静岡県浜松市)
1997年 黒川博行著「疫病神」表紙原画(新潮社刊)
1998年 日動画廊本店にて個展
1997年 香納諒一著「宴の夏 鏡の冬」表紙原画(新潮社刊)
1999年 柴辻政彦・米澤有恒著「冒険する造形作家たち−先端的な芸術の実験」表紙原画(淡交社刊)
1999年 太宰治「斜陽」「人間失格」「走れメロス・おしゃれ童子」表紙原画(集英社刊)
2009年 「ひみつ基地 木津文哉の不思議な時間」(笠間日動美術館)
現在:独立美術協会会員、日本美術家連盟会員、東京藝術大学教授
 
 
●information
木津文哉カレンダー原画展
2009年12月12日(土)〜2009年12月20日(日)*会期中無休
11:00AM〜6:00PM
HIRANO ART GALLERY
静岡県浜松市中区元浜町166