高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
2005
2006
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治


'Round About


第49回 絹谷幸二 VS 佐々木豊

※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。   
   
絹 谷:「防衛白書」に載っている地図を見ると、天気予報みたいに沖縄と小笠原を括弧でくくってある。この正月、真冬のスキューバダイビングをやりに小笠原に行って、海の中から千キロ向こうにある富士山を見たわけ。さらに向こうの硫黄島の辺りの海の底から見れば、非常に広大な国で、資源も未開発。「防衛白書を読む会」というのがあって、「こんな地図をつくってたらダメ。海の底まで描いてある地図を載せるべきだ。日本の海はヘルシンキからモロッコぐらいまである。日本列島の中でいじけているんじゃないくて、そういう気持ちでこの独特の文化を発信しなきゃ」と言った。そういう話をするの好きなんですよ。
佐々木:ぼくはあまり好きじゃない(笑)。話が大きすぎる。
絹 谷:ヨーロッパへ留学して痛感したことは、絵描きも思っていることを、政治家であろうが財界人であろうが、いろいろな人に伝えなけらばならないと。絵でももちろんだけれど。
佐々木:それで、絵は20パーセント。
絹 谷:ぐらいになるわけ。
 
 
作家の意地を通せ
佐々木:北海道で去年かな、ホテルのロビーに絹谷さんの絵が2点かかっていた。1点は花で、もう1点はピカソみたいに顔が破壊して2つ合体したような、これは日本では売れそうもない絵なんだけど、今はどれも売れるんだろうね。そのターニングポイントはどこだったの? 薔薇とか富士とかがなければ絹谷は売れたのだろうか?
絹 谷:売れるとか売れないというのは、画商が考えること。ぼくの頭にはぜんぜんない。子どもの学費が出ればくらいしか考えてない。
佐々木:作家は考えちゃいけない。
絹 谷:そう。ぼくが顔が二つある絵を描いたら、それを求める画商がついてくるだけ。全然心配することはない。ところが、日本の絵描きさんたちは、それを心配するんだね。
佐々木:相手を考えちゃう。
絹 谷:画商はね、自分と一緒に死んでくれないんだから。
佐々木:いいこと言う。
絹 谷:だから、他力本願って言っても、やはり自力の部分がある。そこは独立していなきゃいけないんだよね。
佐々木:作家はガンッと信念を持って。
絹 谷:時の運はあるよ。ヒマで好きな絵を描いてというのもいいし、画商にちやほやされているというのも生き方だし。
佐々木:世間のほうから頭を下げてくるようになったのは、数ある受賞や肩書きのどれが一番効いたのかということを聞きたいんだけれど。
絹 谷:安井賞かなあ。最初の絵が出るというのは、杉の木でもそうだけれど、一番難しいんだよね。出る前に踏みつぶされたりするから。でもそれよりもやっぱり独立賞だな。
佐々木:三十年前は、一団体の賞がまだ有効だったんだ。
絹 谷:いや、世間がどうしたとかじゃなくて、作家として「頑張るんだ」という根性が身に付いたというのかな。
佐々木:イタリアへ行く前だね?
絹 谷:行く前。その打ち込み方は、本当に小便も赤くなるくらいの努力と集中があった。すると絵に魂がバンと入るのがわかるんだ。
 
   
佐々木:独立賞というのは意外な答えだな。団体展の受賞が絵描き人生に有効だというのに、絹谷さんが団体展最後の芸大教授で、あとの教師は全部フリーになるでしょ。
絹 谷:今の連中は、落ちるのが怖いんだ。「芸大の先生をしているのに、もし自分が落ちて学生が入ったら自分の立場がない」と。
佐々木:「あんな古いところ嫌だよ」とか言うけど。
絹 谷:団体展というのはそれは熾烈だもの。独立展の場合は、会員になった途端にその人が審査員になるわけだから。
佐々木:同級生が自分の絵を選ぶなんて当たり前。
絹 谷:それくらいの過酷な競争を今は皆しないんだよね。
佐々木:若い世代は「どうしたら絹谷幸二のように成功者になれるか」と知りたいと思うんだけど。
絹 谷:画商さんと付き合っているけれど、師の鳥海青児先生に言われたんだ。「画商とは戦いだよ」と。ぼくはそれを胆に命じてきた。
佐々木:どういうこと?
絹 谷:要するに画商の言いなりになっていったら作品が荒ぶということ。だから作家の意地を通せ、と。ぼくはこれからゴヤの「黒い絵」みたいな絵でも描こうかな、と思ってる。60を過ぎたらやろうと思っていたけれど、ちょっと5年くらい延びて。
佐々木:ゴヤも、黒があるから歴史に残っているからね。
絹 谷:そうだよ。ぼくはこれから佐々木さんの世界に入っていくから。
 
   
  
絹谷幸二(きぬたに・こうじ)
1943年、奈良県生まれ。1966年、東京芸術大学美術学部油画科卒業。独立展独立賞受賞。1968年、東京芸術大学大学院修了。独立美術協会員となる。1971年、ヴェネツィア・アカデミア(イタリア)に留学。1974年、安井賞受賞(過去最年少受賞)。1977年、文化庁芸術家在外研修員として渡欧。1983年、美術文化振興協会賞受賞。1986年、日本芸術大賞受賞。1989年、毎日芸術賞受賞。1993年、東京芸術大学美術学部教授に就任。1997年、長野冬季オリンピック公式ポスター制作。2001年、日本芸術院賞受賞、日本芸術院会員となる。2006年、「イタリアを描く」絹谷幸二展(三越本店ほか)開催。
 
●information
■高島屋美術部創設百周年記念
「絹谷幸二の全貌」(仮題)
●東京展 日本橋高島屋8Fホール 9/3〜9/15
京都高島屋グランドホール、大阪・なんば高島屋グランドホール、ジェイアール名古屋高島屋10F特設会場、横浜高島屋8Fギャラリーを巡回予定。

  

 

佐々木豊(ささきゆたか)
1935年(昭和10年)名古屋市に生まれ。
愛知県立旭が丘高校美術科、東京芸術大学油画科、同専攻科卒業。1992年、第15回東郷青児賞を受賞。国画会会員、講談社フェーマススクールズアドバイザー。
主な著書に「浮気な女たち」「構図と色彩」「はじめてのクロッキー」、「絵に描けなかった絵の話」・「泥棒美術学校」「画風泥棒」・そしてこの対談も収録されている待望の最新刊「プロ美術家になる!」が 2008年4月に刊行。(芸術新聞社刊)、「佐々木豊画集−悦楽と不安と−」(求龍堂)など多数。