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高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
外山滋比古 人間距離の美学
坂崎重盛 粋人粋筆探訪
もぐら庵の一期一印
新刊・旧刊「絵のある」岩波文庫を楽しむ 文・坂崎重盛


 
 
 今回の執筆のため、改めて入手した「漫画讀本」、29年12月の創刊号から45年9月の終刊号(もちろん表向きは休刊号です)まで、その間、飛び飛びではあるが26冊。(プラス昭和45年9月の終刊から12年たった57年11月と58年6月に刊行された“総集篇”。2冊で1000ページを超える)
 これでも、この雑誌のおおよその推移はわかる。ということで、目の前に積んでこれまでチェックしていなかった号を、刊行順に読んでゆく。ここ一週間ほど、時間を捻出しては「漫画讀本」づけになっていた。
 面白い。面白すぎて、すごく疲れる。
 この「漫画讀本」に限らないが、魅力ある雑誌のバックナンバーを内容までチェックしながら読み進むのは、かなりの体力がいる。時間もかかる。
 必要と思われる部分だけを、ちゃッと、ピックアップするだけなら、まあ、大したエネルギーもかからないだろうが、それではなんのためにバックナンバーを買い揃えたのかわからない。
 といっても、毎号毎号、全ページチェックというのはどだい無理、神経を集中して、これは、と思うページを選んでゆく。
 それにしても……よく作りましたねぇ、毎号毎号。この「漫画讀本」。何人で編集していたかは知りませんが、これに費やされたエネルギーを想像すると、気の弱い私など、それだけで、ちょっとメゲてしまう。毎月〆切りがあるのですから。
 ま、余計なことを考えるのはよそう。ともかく雑誌は終刊まで出つづけたのだから、読者としては、それを楽しめばいいだけの話だ。
31年5月号の表紙(画・横山泰三)。表紙に「漫画賞発表」とある。この回(第2回)の受賞者は杉浦幸雄。お色気とユーモアではピカイチ。とくに女性の姿態を描かせたら独壇場。   34年9月号。おや、この号の表紙はこれまでのような漫画家によるものではなく、モデルを使った写真に。目次でチェックすると、おおッ、カメラは林忠彦、モデルは松田和子!さすが!ご立派!
 31年5月号を見てみる。巻頭カラーは長谷川町子の「漫画あまカラ通信」と横山隆一「海の終着駅」。
 続いて本文トップは「第二回文藝春秋漫画賞受賞作品」として杉浦幸雄「風俗漫画――戦後風俗を抉る決定作」。
 選評は、吉川英治、清水崑、飯沢匡、近藤日出造、横山隆一、河盛好蔵、横山泰三といった面々。(賞は選考委員のメンバーをチェックするのも楽しみ)
 因みに第一回受賞者は谷内六郎。
 ものはついでだ、その後の受賞者名も挙げておこう。(戦後の)漫画の推移がうかがえます。
 第三回加藤芳郎、以後、久里洋二、長新太、荻原賢治、岡部冬彦、長谷川町子、六浦光雄、十回目が梅田英俊。
 これに続く井上洋介、サトウサンペイとクロイワ・カズ(の二人受賞)、牧野圭一、小島功、和田誠と鈴木義司、東海林さだお、山藤章二と砂川しげひさ、赤塚不二夫とヒサクニヒコ、馬場のぼると小林治雄、二十回目が滝田ゆうとオグラトクー。
 さらに次回からの手塚治虫と秋竜山、園山俊二と武田秀雄などなどと、受賞者の名前をたどってゆくと、いまさらのベテランあり、気鋭の新人(漫画家というより、イラストレーターを含む)、また、これは少々、漫画界のお手盛受賞?と思わせる選出あり、となかなか興味ぶかい。
 この文藝春秋漫画賞、2001年で打切られるが、マッド・アマノ、古川タク、わたせせいぞう、杉浦日向子、吉田戦車、Q.B.Bといった名もある。
 いや、文春漫画賞に寄り道しすぎた。元に戻って31年5月号、紹介したい漫画作品はいくつもあるが、はしょって文章ページを見ると、田辺貞之助、三鬼陽之助、十辺肇、福原繁太郎の粋筆系の名がある。
 それと、見落としてはいけない。巻末に、J・K・ジェローム「大なまけ三人男」が10ページ。ジェローム、と聞いて、あ、あの『ボートの三人男』のユーモア作者か、と気がついた人はなかなかの英文学通。よくぞ「漫画讀本」、この作家を取り上げました。
 33年5月号を見る。本文紹介は省略、といっても奥野信太郎、玉川一郎、蘆原英了、そして安岡章太郎の名が気になる。それもあるが、小さな告知が目に留まる。「愛読者カードについてのお願い」のカコミに――「漫画讀本は三月より月刊にいたしましたが」――とある。そうか、この雑誌、昭和33年3月号から月刊になったか。
 34年9月号。表紙は漫画から写真へ。巻頭グラビアはパロディー風ヌード。軟派色増量。
 35年2月号。さらにさらにカラー折り込みページでヌード。おっと、安藤鶴夫の「寄席紳士録」が!。そうか、後に単行本となるこの仕事は「漫画讀本」で連載だったのか。(この号は「赤貧洗う古今亭志ん生」)。
 37年6月号。折り込みヌードは健在。好評だったのでしょうね。当時の大人はウブイものです。(ぼくも好きです。こういう昭和的雰囲気のヌード。なんか生活感があって)
 文章ページは、ほぼ常連化した奥野信太郎に、戸板康二の「食べ歩る記」がある。その他に、十返肇、竹村健一、菊村到、星新一など。
 38年6月号。巻頭は漫画賞受賞の「六浦光雄傑作集」11ページ。いいですねぇ、六浦光雄。東京の風俗と風景を細密に描いて貴重、資料的価値もある。
38年6月号。第九回文藝春秋漫画賞は六浦光雄に。「六浦光雄傑作集」を掲載。銅版画のような鋭い線(丸ペンによる)で、都会の哀感を描いた。線が雨に泣いています。
 グラビアは「お色気ただいま売出し中」で、団令子、若尾文子、水谷良重、淡路恵子、嵯峨三智子、滝瑛子、叶順子、佐久間良子が。当然ながら皆、若い若い。
 文章ページには、殿山泰司、山口瞳の名。
 38年は9月号も巻頭は六浦光雄で「東京新名所図絵」。文章ページ、殿山泰司の「小さな“川島雄三伝”」が泣かせます。
 39年3月号。あららら、折り込みヌードが外人に。マルマン(ライターの)提供のカレンダー付きに。私としては残念な変更。
 文章ページに山口瞳の堂々、「アンチ巨人論」。「食べ歩る記」が瀬戸内晴美!「レコードでいこう」の特集には植草甚一の名が。
 39年10月号は「創刊100号記念」号。この号のびっくり企画はなんといっても、〈漫画ルポ〉「清張ヨーロッパを行く」。すでに、ちょっとだけご紹介ずみですが、松本清張の達者な絵にびっくり!(といっても、清張の若き日の職業を知る人にとっては、なるほど、といったところでしょうが)
39年10月号。100号記念ということでしょうか。正装のカワイコちゃんが。誰だと思います?そうです、若い日のいしだあゆみ。ところで表紙のアートディレクションは、あの、サン・アド。   100号記念にふさわしい?作家・松本清張のマンガ紀行「清張ヨーロッパを行く」。いいですね、こういう清張先生。心細くなった札を数えています。さすが!(って?)
41年2月号。この銀座風景、6丁目の路地裏あたりでしょうか。今でも、雰囲気は残っています。   「漫画讀本」の功績の一つは、久里洋二、井上洋介、長新太、和田誠、ヒサクニヒコといった当時のニューウェーブをどんどん取り上げたこと。
 41年2月号。「特集・新東京早わかり」がうれしい。上段参照、六浦光雄の「ぼくの東京案内」、山口瞳「東京、わが偏見」がお値打。
 43年7月号。このころになると、さらに文章ページが多くなる。梶山季之、筒井康隆、北條誠、藤本義一、吉行淳之介、柴田錬三郎などが登場。
 「ちょっとシャクにさわる野郎たち」として浜口庫之助、篠山紀信、生沢徹、横尾忠則、唐十郎が俎上に。
 44年11月号。表紙は写真から、ふたたび漫画(牧野圭一)。おや、折り込みがなくなり、巻頭・カラーグラビアだ。「ふぃーめいる’69」と題してカメラは細江英公。安手の外人ヌードなんかより、よっぽどいいぞ。拍手!
 おや?文章ページが減って、創刊号の初心に戻ったか。(あるいは編集費に限界が?)
 ただし五木寛之の「深夜草紙」が連載。絵は“伝説”の伊坂芳太郎。
 45年4月号――ずいぶん駆け足で来てしまったが、いよいよ終刊の年。「ふぃーめいる’70」のカメラは石井正彦。この号では、東海林さだおによる「えと文」で「沖山秀子との会見記」が貴重。(「ジョージ君のにっぽん拝見」)
 また、サントリーをスポンサーとしての「名作漫画劇場」で麻生豊『ノンキナトウサン』13ページがお得感あり。
 ということで45年9月の終刊号。「これが現代最高の漫画だ!」は「漫画賞受賞作家競作」。ちなみに、この号の受賞者は東海林さだお。関連読み物として「われらは早大露文科落伍派」と題する五木寛之と東海林さだおの対談。
 漫画作品もイタチの最期っ屁的(?)力作を掲載。水木しげるの戦記物「ブーゲンビル上空涙あり」30ページ。佐川美代太郎「砂漠の鬼竜子」34ページ。さらにサントリー「名作漫画劇場」は小松崎茂「地球SOS」14ページ。
 かなり、極端なページづくりだ。こんな過激な編集長は誰かな? と奥付を見ると、えっ、半藤一利氏ではありませんか!
 この雑誌の最期を見取ったのは半藤氏でしたか!
 今度お会いしたときに、このあたりのお話を伺いたいなぁ。でも、ガハハと笑って、いなされるかも。
 あゝ、社長・池島信平氏の「休刊に当って」が掲載されている。
 ここに16年にわたる「漫画讀本」は休刊(終刊)したのでした。(その後、昭和57年11月に550ページを超える傑作集など3冊刊行される)
 編集の皆さん、寄稿者の皆さん、お疲れさまでした。
 にしても、こうして、この雑誌をざっと通観してくると、やはり雑誌は時のもの。時代によって受け入れられもするし、読者離れが進みもする。
 池島信平さんの休刊の辞にもありますが、世は、漫画から劇画ブームへと移行。また娯楽も多様化して、いわゆるユーモアやエスプリ、また、お色気、などといった世界は片隅に追いやられ始めたのでしょう。
 粋人粋筆の出番が少なくなるのも、この頃からかもしれません。
「漫画讀本」休刊から12年目の昭和57年に刊行された“総集篇”。全552ページのボリューム。   「大好評につきvol.2」。58年6月刊。こちらは568ページ。当然傑作満載!粋筆もフォロー。
 そこでです。この「漫画讀本」の文学ページからセレクトして傑作雑文集ができないかしら。いや、ぜひ読みたい。と、すると、飛び飛びではなく、合本でも仕方がない、ちゃんと創刊号から終刊号までチェックしなければ。
 改めて、近くの図書館に問い合わせてみよう。あるかなぁ……。
 それとも、なんとかして自分で全巻集めろって? そんな恐ろしいことを……。
(次回の更新は2月15日の予定です。)
坂崎重盛(さかざき・しげもり)
■略歴
東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『一葉からはじめる東京町歩き』、『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』、『神保町「二階世界」巡リ及ビ其ノ他』および弊社より刊行の『「絵のある」岩波文庫への招待』などがあるが、これらすべて、町歩きと本(もちろん古本も)集めの日々の結実である。

全368ページ、挿画満載の『「絵のある」岩波文庫への招待』(2011年2月刊)は現在四刷となりました。ご愛読ありがとうございます。
ステッキ毎日
●えーっ、ヘッドがタコですか?●
 へんてこなステッキですね。
 ヘッドの部分がタコ――いやいや、象の顔の三面なのです。仏像に十二面観音がありますね。こちらは三面顔面象です。
 しかも軸の部分が、これはなにか(クジラ?)のボーン(骨)かなにかに、絵が彫られ彩色されている。
 この絵柄が、また良くって(ちゃんと見えなくてすみません)、蛙を網でつかまえようとしている男、なにやら樹の本で語り合う男と子供、風景をぼーっとながめる坊さん(?)といったワケわからん絵が稚拙な線で描かれている。
どうしたってタコに見えますよねぇ。でもこれが本当は……。  
 なにか物語があるのかもしれませんね。
 しかも、これがまた携帯用に中ほどから二本に分けられる。見事なものです。
 じつは、この素敵なステッキ、ベトナムへ行った人たち(かつてのぼくの仕事仲間)のお土産なんです。これをもらったとき、すぐにでもベトナムへ行きたくなった。こんなステッキが山と売っているとしたら。でも、いまだにベトナムへは行っていないんです。あちこちほっつき歩いているのに。
 さらに、この、いただいたステッキを手にして町を歩いたことは一度もありません。だってデザインが面白すぎません?
 そういうステッキは何本かあります。面白いというより、グロテスクなのもあるし……。
ベトナム生まれのベトちゃんステッキです。
ボーンに絵が彫られ彩色されています。この絵がまたいいんです。
この石づきもカワイイですね。   ホラ、こうやって2本に分かれるのでK-TAIに便利

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