高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
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第11回 会田誠 VS 佐々木豊

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●個性を出したら愛されない
会田:これも予備校時代から気付いたんですが、どうもぼくには、個性的なタッチがない。ぼくが普段、ヒョロヒョロっと描くものには、ぼくの字が汚いのと同じぐらい、誰が見ても「会田が描いた」というクセはある。けれどもそういう自分の個性を出しても恐らく人からは愛されないと思ってきた。だから丁寧に描くんだけど、個性がないんです。どんな絵を描いても赤が好きで自然に赤くなっちゃう人とかがいて、「お前はその個性しかないんだから赤でいけ」とか、予備校の講師に指導される。そういう人がある意味で羨ましかった。ぼくは赤く描こうと思えば描けないこともないし、青でもいいし、面相筆でハッチングしてもいい、太い豚毛でグーッと描いてもいい。でもどれも自分じゃないし、どれでもできないことはないという感じでした。
佐々木:よく分かります。
会田:それである時、自分に合っているのは、パロディー系というか、いろんなタッチで描けて、その全体を面白がってもらうことかなと思ったんです。もっとも結果的には自分が思っていたほどあまりいろんなタッチが描けなかったんですが。
佐々木:根底にあるのは尊大なものに対してちょっとおちょくってやろうという。
会田:そうですね。アメリカとか。
佐々木:不思議なのは、二枚と同じ絵を描かない。褒められちゃうと、普通は繰り返しになるんだけど。意識して同じ絵を描かないと決意をしているわけ?それとも、飽きっぽいの?
会田:どっちかと言われれば後者で、小さい頃、授業中勝手に席を立って走り回ったりする、ADHDという症状の落ち着きのない子供でした。それでもぼくぐらいには社会人になれるんですね。飽きやすいという性質は残るけど。
佐々木:だからスタイルを定めない。
会田:まあしょうがないというか。ぼくの展覧会に来るとかなり落ち着きがなくて、心地よい空間ではないと思います。展示が空間的に成功したというためしがない。

 
 
●隠遁して幸せな晩年を
佐々木:今、先生とか副業は何もやってないの?
会田:何もしてないですね。
佐々木:絵だけ?将来は不安でしょ?
会田:不安は不安、と言いつつ、貯金が空っぽになった時にまた考えようと。
佐々木:いずれ、「アパートじゃなくて、やっぱり一戸建てがいい」だなんて、気がつくと女房と子供からプレッシャーがくるからね。それを跳ね除けて無頼で通すっていうとすごいエネルギーがいる。自分の仕事場も欲しくなるし。酒は飲む?
会田:飲みますね。でも、無頼で通すまでいかず、ぼくは大体なんでも中庸でして。
佐々木:性器描写ははんぱじゃないけどね。
会田:酒も、日が暮れるまでは飲まないことにしてるだけの、中途半端なアルコール依存症。
佐々木:その程度の酒飲みでも、ぼくの年代になるとすでにダウンしてもういないんだよ。
会田:ははは。
佐々木:ぼくみたいにある時期から、長生きするしかないなと思って、毎日ジョギングやって泳いでるようなのが生き残ってる。
会田:はあ。
佐々木:でも、この歳になると落ち込むんですよ。



 
  会田:体力が?
佐々木:いや、気分が。何やってももう死ぬしかないんだなあと。最近気休めにこう考えることにしている。芸大受験した日の朝の光景。受験生が七百人ぐらい油絵科にいた。その中で、今残っている絵描きが、芸術院会員の奥谷博とあとちらほら。七百人みんな「我こそは」って希望に燃えていたのに。会田さんは、これだけ表現力がある、アイデアもきかせられる、注目もされてる四十歳の新鋭となると、やっぱり大きくいくしかないんだよ。バルティス知ってるでしょ?中年女が少女のスカートをまくっていたずらしている絵。
会田:ええ。
佐々木:この絵を描いた動機は、タブーを犯して世間の注目をまず集めたかった。思い通り集まったから、もういいと、あとは古典的な仕事に向かって、巨匠として終わったんだけど、画集を編む時に、その絵を除いてくれって言ったんだって。その気持ちは良く分かる。

 
 
会田:バルチュスと言えば、最近ぼくも「わだばバルチュスになる」っていう、ちょっと落書きめいた作品があるんです。ある意味でバルチュスのように長生きして、田舎のほうに引っ込んで、地元の美少女でも描きながら、幸せな晩年を過ごしたいとも思っています。
佐々木:急に爺むさくなっちゃって。隠遁癖があるの?
会田:ええ。世間のいちいちの評判とかを気にせず、悠々と創りたいという気持ちはあるんですが、今のところなかなか東京を離れられません。でも、少しずつセンセーショナルではないまったりとした作品が増えてきてます。
佐々木:それで討って出られるかどうかっていうところだね。
会田:そうですね。
 
 

佐々木:まあ、ファンをがっかりさせることになるかもしれない。なんだ会田も保守主義になったのかと。それを超える鍵はね、「あぜ道」(一九九一年)を越えることだと思う。それぐらい傑作。それから「紐育空爆之図」(一九九六年)と、「ジューサーミキサー」。これはあなたの三大傑作。一点代表作があれば美術史に残るって言うのに、すでに三つ描いちゃってるんだから、黙って酒飲んで、「もうやめた」って言ってもいいんだけど。
会田:ははは。どうでしょうか。確かに数だけいっぱい作ってもしょうがないかもしれないと、最近ちらりと思ったりはしますよ―。

アート・トップ207号より抜粋) 

◇作品写真協力:ミヅマアートギャラリーABC出版

 
  

 

会田 誠(あいだまこと)
1965年新潟県生まれ。89年東京藝術大学美術学部絵画油画専攻卒業。91年同大学院美術研究科修了。
【主な個展】96年「戦争画RETURNS」ギャラリーなつか、「NO FUTURE」ミヅマアートギャラリー。99年「道程」 三菱地所アルティアム。2001年「食用人造少女・美味ちゃん」ナディッフ。2004年「My県展」ミヅマアートギャラリー。
【著書】小説「青春と変態」(ABC出版)。 漫画「ミュータント花子」(ABC出版)ほか。
 
  

 

佐々木豊(ささきゆたか)
1935年(昭和10年)名古屋市に生まれ。
愛知県立旭が丘高校美術科、東京芸術大学油画科、同専攻科卒業。1992年、第15回東郷青児賞を受賞。国画会会員、講談社フェーマススクールズアドバイザー。
主な著書に「浮気な女たち」「構図と色彩」「はじめてのクロッキー」、「絵に描けなかった絵の話」・「泥棒美術学校」「画風泥棒」・そしてこの対談も収録されている待望の最新刊「プロ美術家になる!」が 2008年4月に刊行。(芸術新聞社刊)「佐々木豊画集−悦楽と不安と−」(求龍堂)など多数。