高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
坂崎重盛 新刊・旧刊「絵のある」岩波文庫を楽しむ
橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
外山滋比古 人間距離の美学
もぐら庵の一期一印
その29−いくつもの山形、ありがとう。
 *画像は全てクリックすると拡大画面が開きます。
  それぞれ岡村先生のコメントもついています。
 僕には、自分にとって大切にしているものの順番が有ります。大きな事を決める時には、いつもこの原則に従って決めてきました。
 まず、第一に家族、第二に作家活動、第三に作家活動以外の仕事。状況によって、そんなに単純に割り切れるものではありませんが、例えば、家族のためならば、作家活動は諦める。作家としての仕事を中心に考えて、教師としての仕事は、その次に考える。その順番だけは、間違えないようにしようと思っていました。
 けれども、その頃の僕は、すべてが逆になっていて、大学の仕事のために、作家活動も家族も犠牲にしていたのです。
 そんなこと、サラリーマンの世界では、ありふれた話なのかも知れません。けれども僕は、画家になろうと決意して、一般的な幸福への願望を捨て、あらゆるリスクを背負ってきた人間なのです。

 数週間後、多摩美の先生ともお会いし、直接勧められました。
 「1年待つから来てくれないか?」
 しかし、僕は、まだ迷っていました。困っている僕の様子を見て、
 「じゃあ、あと、何年待てばいい?」
 「2年…。」と、僕は、無理な話だろうとは思いながら言ってみました。
 「よし、分かった。2年、待とう。」先生は、きっぱりと言いました。
 こんな僕を、2年もの間待ってくれると言う。2年もの長い間、教員数に穴を開けるというのは大変な事です。潔く、誠意のある言葉でした。僕の心は、その言葉に完全に動いていました。
 2年間かけて、芸工大での僕の存在感をフェード・アウトしていけば、芸工大にとっても悪影響は少なくて済むだろう。今までやってきた僕の仕事を、少しずつ他の人に譲っていこう。「自分の状況を打開するのは、これしか無い。」と、確信しました。
 その頃、芸工大の日本画コースには、それまでの松本哲男先生、番場三雄先生、谷善徳先生というメンバーに加え、新しく長沢明先生や末永敏明先生という若く元気な二人の先生が加わり数年が経ったところでした。新しい二人を加え、今まさにドラスティックに変化し、躍進している最中でした。ですから、日本画内での僕の立ち位置も自ずと変化して来たところだったのです。
 「そうだ、あの二人に任せよう。」と、僕は密かに、信頼する身近な二人に白羽の矢を立て、いろいろとやっていた僕の仕事について、少しずつ2年間の時間をかけて、全てを託していきました。
 そして最後に、僕が出た後には、今を時めく三瀬夏之介君が先生として来てくれる事となりました。これで全く心配無しです。後に憂いを残すこと無く、芸工大を去る事ができたのでした……。

 ……なんて、そんなに割り切れるものでもありません。
 やっぱり、心残りは有ります。
 ずいぶん後になって、徳山理事長や松本学長に辞める由を伝えた時は、もちろん叱られました。けれども最終的には僕の事を理解して頂いて、了解を得る事ができました。長い間、世話になって来たのに、本当に申し訳ない。このご恩は、一生忘れません。ありがとうございました。
 それから、学生たちのこと。意図的にフェード・アウトしてきたとは言え、やっぱりそれは、寂しい事だった。けれども、先生と生徒として出会えたという事は、大学という組織を離れても、本人がそう思ってくれるなら、一生この関係は継続するものなんだ。だから、学生たちと別れたとは、思っていない。
 不思議なもので、今、山形の事を思い出そうとすると、行き帰りの通勤の車から眺めていた風景ばかりが蘇ります。
 春ごろ、東北道を北上すると、季節はいつも春から冬へと遡って行くのを感じました。だから、桜前線が現在、どこまで北上しているのか、リアルタイムで観ていました。その季節が過ぎると、福島辺りの果樹園は花盛りで、本当に美しかったのを思い出します。
 それから、夏空に広がる入道雲。雷雨の日にも、車をぶっ飛ばしていました。
 秋の山形の紅葉の色彩は、僕の眼を通して、脳髄にまでしみ込んで来るほど美しいものです。そんな景色を楽しみながら、田んぼの中の高速道路を走っていると、大量の赤とんぼがぶつかってきて、もうどうする事もできないまま、罪深い気分で赤とんぼの大群の中を突き進んだ、そんな事もあったなと思い出します。
 そして冬。栗子峠や笹谷峠のトンネルを抜けると、山形はいつも雪国でした。そして、そこからいつも別の世界が始まるのでした。
 そこで出会った人、出来事、感じた事、考えた事、やってきた事。その一人一人から、一つ一つの事から、この9年間、いくつもの大切な事を学びました。なんだかんだとこの僕も、少しは成長できたのだろうか。僕は、教師のはずだったのに、まるで学生のようでした。
 そして最後に、これは赤坂憲雄先生の真似だけど、

 「いくつもの山形、ありがとう。」

 それでは、また。
   
 
【インフォメーション】
岡村桂三郎先生とまゆみ先生が、以下展覧会に出品されます。
お近くにお出かけの際は、ぜひお立ち寄り下さい。


 
展覧会名 日本画 遠き道展
会場 沖縄県立美術館・博物館
 沖縄県那覇市おもろまち3-1-1
 tel:098-941-8200
 http://www.museums.pref.okinawa.jp/
会期 2010年5月18日(火)〜2010年6月6日(日)
*5月24日(月)、31日(月)休館
時間

9:00AM〜6:00PM
*金・土曜日は8:00PMまで
*入館は閉館の30分前まで

観覧料

一般800円、高校生・大学生500円、小学生・中学生300円
*前売り・団体割引等あり

*桂三郎先生が出品されています。

展覧会名 現代絵画の旗手たち「won=der」展
会場 さいか屋 藤沢店
 藤沢市藤沢555
 tel:0466-27-1111
 http://www.saikaya.co.jp/fujisawa/
会期 2010年5月12日(火)〜2010年5月18日(火)
時間

10:00AM〜7:00PM
*最終日は4:00PM閉場

*桂三郎先生・まゆみ先生が出品されています。

展覧会名 glamorous
会場 日本橋高島屋店
 東京都中央区日本橋2-4-1
 tel:03-3211-4111
 http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/
会期 2010年5月19日(水)〜2010年5月25日(火)
時間

10:00AM〜8:00PM
*最終日は4:00PM閉場

*まゆみ先生が出品されています。

展覧会名 こころばえの会
会場 森田画廊
 東京都中央区銀座1-16-5 銀座三田ビル2F
 tel:03-3563-5935
 http://www.ginzamoga.com/
会期 2010年6月1日(火)〜2010年6月14日(月)*日・祝日休廊
時間

11:00AM〜6:30PM
*最終日は5:00PMまで

*まゆみ先生が出品されています。

展覧会名 こめつぶつぶより展
会場 ギャラリィ&カフェ 山猫軒
 埼玉県入間郡越生町龍ケ谷137-5
 tel:049-292-3981
 http://www.geocities.jp/ura3tametomo/
会期 2010年6月4日(金)〜2010年8月29日(日)
*金・土・日・祝日 開廊
時間

11:00AM〜7:00PM

*桂三郎先生、まゆみ先生が出品されています。


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