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橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
外山滋比古 人間距離の美学
もぐら庵の一期一印
その13 通勤の苦しみ。
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 さて、楽しいこともあるかもしれないけれど、前回の話の通り、辛く厳しい現実がたくさん待ち受ける東北芸術工科大学へ、僕は毎週通勤しています。
 通い始めた頃は、新幹線を使っていたのですが、自宅のアトリエに、制作途中のモノをほうり出して山形まで行ってしまうのは、作家として余りにも辛いことなので、車に制作途中の作品を積み込んで、絵具も積んで、通っています。今では、新幹線に乗るのがメンドーになってしまって、毎週、自動車通勤になってしまいました。毎週のことなので、走行距離も一年で軽く4万数千キロは走ります。毎週荷物をたくさん積んで走っていると、まるで運送屋さんになった気分です。
 
 
 ところで、実は僕の実家は、運送屋さんなのです。今でも東京の大田区で岡村運送有限会社というのをやっています。僕は、運送屋の三男坊として生まれ、今じゃヤクザな仕事(画家のこと)をする身になってしまいましたが、今さらながら「血は争えねぇナ〜。」としみじみと感じているのです。
 越生から山形の芸工大まで、往復だいたい740キロ。雨の日も、雪の日も、台風の日も走っています。時々、日帰りもします。
 土砂降りの高速道路、地吹雪の田舎道、雪の為に前方が真っ白で、ほとんどわからず走っている時もあります。雪の峠道では、大形トレーラーとすれ違う時、やっぱり危険を感じる時もありますし、夜中の高速道路で、居眠り運転らしきトラックを、そっと抜きさる時も、恐いです。
 記憶に新しいところでは、雪で高速道路が閉鎖され、個展の搬入の間近だったので、制作の為にどうしても家に帰らなくてはならず、渋滞の道を9時間以上かけて、明け方、家にたどり着いた時もありますし。お金が無い時、高速代をうかせる為に、一般道を9時間以上運転しっぱなしで走っていることも時々あります。
 最近は、ETCが普及していて、高速に入る時、後ろから来る車に、ブンブン抜かれてしまいます。「ウーン、クヤシイ!!ETCになんかに、負けないぞ!」とばかりに、車を走らせたまま、止まらずに高速券を取るように努力していたのですが、ある日、ついに、券を取り損ない、車を止めて、取りに行くというカッコ悪いこともしました。
 「危ないから、止めなさい。」と、僕の師である稗田一穂先生にも言われるし。当然、うちのカミさんにも「新幹線で行ったら?」とも言われているのですが、作品の事を考えると、どうにもこうにも止められないでいるのです。



 ところで芸工大には、東北学の赤坂憲雄先生という、とっても面白い民俗学者がいます。実は僕も密かに影響を受けているのですが、その赤坂先生は東北学という雑誌の創刊に寄せてこんな文を書いています、「この弧状なす列島の南/北の方位には、異相の風景が豊かに埋もれている。『ひとつの日本』の懐に抱き取られることを拒みながら、縄文へと連なる『いくつもの日本』の鉱脈が覗けている。」(東北学vol.1 p3から抜粋)  
 峠を越える度に、僕もいつも味わう異境へ入り込む感覚や、風土の変化をこの身で感じ。時には信じられないような神々しい風景や、美しく幸福そうな風景と出会います。赤坂先生が生み出した「いくつもの日本」という感覚が、僕にも少しは感じられるような気がします。
 この長い通勤、僕はこれは一種の「行」だと思っています。確かに辛い時もありますが、車とすれ違う大自然や、様々な人々の営む風景によって、この越生と山形の往復は単なる通勤を越えて、なんだか自分自身を鍛える為の何かになっているような気がしているのです。
 


 作品は人間が描くものです。ですから、人間としての成長がなければ、作品の向上など、ありえないと信じてきました。でも、何をしたら、人間として成長できるのか、よく分からないまま、ここまでやってきてしまいました。
 しかし、あらゆる日常の出来事は、僕のことを、少しずつだけれども、密かに鍛えているのかも知れない。もしかしたら、何をしていても、成長などはできるものなのかも知れません。だから、「何をしていても、作品の為にならないことなど何ひとつ無いのだ。」というのが僕の持論なのです。
 
   
 
【インフォメーション】
 岡村桂三郎先生が「五島記念文化財団設立15周年記念グループ展」に出品されます。
 お近くにお出かけの際は、ぜひお立ち寄り下さい!


 
展覧会名 五島記念文化財団設立15周年記念グループ展
会場 Bunkamura Gallery 1Fメインロビーフロア
 渋谷区道玄坂2-24-1(東急本店横)
 tel:03-3477-9174
 http://www.bunkamura.co.jp
会期 2005年9月23日(金)〜2005年10月2日(日)*会期中無休、入場無料
時間

10:00AM〜7:30PM

主催

(財)五島記念文化財団



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