高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
坂崎重盛 新刊・旧刊「絵のある」岩波文庫を楽しむ
橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
外山滋比古 人間距離の美学
もぐら庵の一期一印
その24−マンハッタンと蟻塚
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  それぞれ岡村先生のコメントもついています。
 久々に訪れたニューヨーク。僕の記憶にあったあの頃より、少し華やかになり、危険性はずいぶん薄らいで見えました。僕が初めて旅行した90年ごろと比べると、雲泥の差と言えるかも知れません。
 94年〜95年、家族で一年暮らした後、99年にもニューヨークへは行ったのですが、それは同じくDILLONギャラリーで展覧会を開催するためのものでした。そのころすでに、ギャラリーの多くはチェルシーに移り、ソーホーはファッション街に変わろうとしていましたが、DILLONギャラリーは、まだソーホーにあって、他にもギャラリーは沢山残っていました。
 そして、今回、ソーホーへ行ってみると、遂に、完全なるファッション街に変貌していたのです。例えば、当時有名な画廊の一つだった『OKハリス』が、そのままの名前でブティックに変わっていたのは、象徴的でとても感慨深いことでした。
 「本当に時代は変わるのだな。無常なのだな。」と、つくづく思いました。
 僕たちが泊まっていたホテルはトライベッカにありました。それは、マンハッタン島の南の端の地域です。
 以前ニュージャージーに住んでいたころ、ニューヨークに行き、トライベッカにまで行けば、いやでも目に入ってくる景色がありました。それは、バッテリー・パークの裏側にそびえる高層ビル群、そしてさらに、それらを圧倒してそそり立っていたツイン・タワーです。当時、ワールド・トレード・センターは、マンハッタンのスカイラインの象徴的な存在でした。
 今回、かつてワールド・トレード・センターがあった方角を眺めると、そこにはポッカリと空が広がっていて、その風景には、なんとなく心許ない気がして気になります。
 けれども複雑なのは僕の心境で、気にはなっているけれども、進んでは見に行きたいとは思えません。すぐそばに泊まっているのに、しばらくの間、目を逸らすようにしていました。
 なぜかと言えば、そんな悲劇の場所に、まるで物見遊山のように行きたくないという思いと、悲劇を理由に、9・11以降、国家としてのアメリカが行っている戦争に対して、多かれ少なかれ、反感を感じているせいでもありました。

 ところがある日、そんな僕たちは、お土産を買うために、バーゲンセールをやっているということを聞きつけ、「センチュリー21」というショッピング・センターへ、いそいそと出かけて行ってしまったのです。その店は、ワールド・トレード・センター跡地の目の前にありました。
 見ないと、決めていた訳でもないし、・・・まっ、いっか。
 そして、あのビルが建っていた場所が、今はいったいどのようになってしまっているのかと、囲いの中を覗き込もうとした、その瞬間でした・・・。

「・・・!」

 今まで、こんな経験をしたことはありませんでした。

 覗き込もうとした瞬間、僕は、突然、膨大な量の悲鳴に襲われたのです。それは、実感として、紛れもなく聴こえたのです。今まで感じたことのない圧倒的な悲しみでした。そのどうしようもない力に押さえつけられ、内側からこみ上げてくるものに、目頭を熱くしながら、やっとの思いで堪えていました。
 別に、霊感が強い訳ではありません。しかし、この土地には、どうしようもない程の人々の悲しみが充満し、渦巻いていることを実感したのです。そんな所に、僕は、あまりにも無防備に、近づいてしまっていたようなのです。
 なぜ、このような悲劇が生まれたのか・・・。

 マンハッタンの街の林立するビルの谷間を歩いていた僕は、数年前訪れたオーストラリアの森の中のことを、時々、思い出すともなく思い出していました。
 乾燥した土地の森は、どこへ行ってもユーカリの木ばかりでしたが、そんな森の中で、時々蟻塚を発見することがあります。
 「あんなに小さなアリたちが、こんなに大きなものを造るなんて。」と、自然の力の不思議さに驚かされたりもしたものでした。

 マンハッタンのビル群は、その間を行きかうアリンコのようにちっちゃな人間たちが作り上げたものなのだけれど、それは、世界中の富や名声を掻き集めて出来上がったものなのかも知れません。人々は、夢や希望を胸に抱き、やってきました。
 貧しきものは、富を求め、名も無き者は、名声を求めようとする。富めるものは、より多くの富を求めようとし、多くの貧しき者の上に立つ。
 一般に成長しようとする生命の力は、より高く、いつも上の方へ伸びようとする。それを、『向上心』と言い、その目標を『夢』という。その成長しようということ自体、悪いことでも何でも無いし、一つ一つは小さな力に過ぎない。
 けれども、世界中の『向上心』や『夢』を集めて、このマンハッタンという島は、富と名声の象徴のようなものとして、まるで蟻塚のように大きく膨れ上がってしまいました。
 この蟻塚、恵まれた人々からは、憧れの地、『夢』の舞台にもなるけれど、世界中の貧困に喘いでいる名も無き人々から見れば、いったいどのように映るのか。
 大国は小国を、先進国は後進国を、支配者は被支配者を、搾取し、富を集め繁栄し、軍備を整え強国になる。現在も世界中で勃発している紛争、その裏には必ず、貧困と搾取が存在しています。そんなことは誰でも知っているはずなのに、誰もどうすることも出来ないでいます。資本主義社会や、その下で育ったグローバル経済の世界。そんな社会で表れている、どうしようもない、世界中の歪みの象徴になってしまった時、マンハッタンの象徴であったワールド・トレード・センターのあの悲劇に繋がっていってしまったのかと思うのです。

 僕も来年、ちっちゃなアリンコの一匹として、夢の舞台で展覧会をすることになりそうです。それは、僕自身の生命の力が、まだ、成長しよう、より高く、上の方へ伸びようとしているという、正にその表明でもあるのだけれど・・・。
   
 
【インフォメーション】
神奈川県立近代美術館 鎌倉とコバヤシ画廊で「岡村桂三郎展」が開催されます。
お近くにお出かけの際は、ぜひお立ち寄り下さい。


 
展覧会名 岡村桂三郎展
会場 神奈川県立近代美術館 鎌倉
 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53
 tel:0467-22-5000
 http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/
会期 2008年9月13日(土)〜2008年11月24日(月・祝)
*月曜日(但し9/15・10/13・11/3・24は開館)、
 9/16・24・10/14・11/4は休館
時間 9:30AM〜5:00PM *入館は4:30PMまで
観覧料 一般700円、20歳未満及び学生550円、65歳以上350円
*団体割引等あり
展覧会名 岡村桂三郎展
会場 コバヤシ画廊
 東京都中央区銀座3-8-12 ヤマトビルB1F
 tel:03(3561)0515
 http://www.gallerykobayashi.jp/
会期 2008年9月22日(月)〜2008年10月4日(土)*日曜休廊・祝祭日開廊
時間 11:30AM〜7:00PM *最終日は5:00PMまで

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