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番外編


 これほど「未曾有の」という形容詞を続けて見たり聞いたりすることは、これまで一度もなかった。ぼくの住む京都では、今回、地面も建物もほとんど揺れなかったのであるが、テレビの映す映像は、本当に信じられないものばかりである。驚きが日ましに悲しさに変わっていく。被災された方に謹んでお見舞い申し上げたい。何も出来ない自分が情けない。

 そして、新聞もテレビも「想定外」という言葉を連発している。確かに、海辺の街々が、ひとたまりもなく、ほんの一瞬でなくなってしまうなど、誰もが想像していない、誰もが想定していないことだったろう。しかし、自然は、人間の数千年の人智をあざ笑うかのごとく、巨大なエネルギーで人々の営みを飲み込んでしまった。

 自然はうつくしいもの、自然は人間が守らねばならないものといったことも、このような事態が起こったあとには、人間の思い上がりのようで、むなしく聞こえる。たしかにこの100年ほど生態系を急速にこわし、多くの動植物を次々と絶滅させてきた人類には多大な非はあろうが、本当の自然とは、われわれが守ってあげるという範囲のものではないことを、この災害は教えてくれる。

 多くの犠牲者が出た。書道に関することでは、国産の硯として有名な宮城県の雄勝硯の30ほどの業者さんの工場がほぼ全滅したということで、しばらくは新しく生産されることはなさそうだ。なんでも、石材自体は山奥深いところで生産されるが、加工は港湾に近いところが多かったというから皮肉なものである。津波はまた書道文化の一つをも根こそぎ奪い去ってしまった。

 加工の工場が山岳地にあれば難を逃れたのかもしれないが、歳をとった職人さんは、これを機会に引退するだろうという。たしかに、仕事場も道具もなくなったなら、さほどおおきな利益の上がらない手作業の工程を、また初めからがんばれ、気力を出せ、といっても気の毒である。もちろん、すでに命を落とされた職人さんも、きっと多くいることだろう。書に関係しているものとして、何とか伝統を再生してもらいたいものだと思う。なにしろ、室町時代からの600年歴史がある産業。日本の文字文化の礎になった文化であるのだから、われわれに出来ることがあれば、少しでもお役に立ちたいものだ。

 もちろん、東北で、作家活動をされているわれわれと同業の皆さまも、被災され、一切の道具や資料を失われた方も多いと思う。復興といっても、日々の生活そのものがおぼつかないのに、書などとてもじゃないが手につかないとおっしゃるに違いないが、ここで筆を折るのではなく、いつの日か、この災害を乗り越えて、もう一度墨を擦り、紙を広げて、心のあるがままに筆を滑らせてもらいたいものである。同じく、われわれ作家の諸団体も応援を惜しまないつもりでいる。

 書は人生を描くものでもある。ゆえに、今悲しみと不安の中におられる書作家が、近い将来立ち直られ、再度筆をとられた時の、愁いを含みつつも力強い書作品に、ぼくはいま、是非出会いたいと念願している。がんばってください。

 2011年3月


 
 

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プロフィール

日比野 実(ひびの・みのる)
書家
1960年京都市生まれ、同志社大学文学部卒業、
幼少より、書を祖父・日比野五鳳に学ぶ。
現在・日展出品委嘱、読売書法会常任理事、日本書芸院常務理事
大学非常勤講師(京都大学ほか)、水穂会副会長





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