源氏物語は、ご存じのように、世界的にも非常に有名な文学である。世界中で翻訳され、読者も研究者もワールドワイドだ。日本でも、現代語訳は与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、という巨匠から橋本治氏のリライト版、最近の瀬戸内寂聴先生の大ヒット現代語訳と、非常に多彩。しかしそうであっても、ぼくを含め、最後まで読んだことのある人は少ない。なにしろ話が長く、登場人物も呼び名が名前だったり官職名だったりしてややこしい。しかも登場人物が非常に多い。それだけなく、みんな親類縁者みたいな濃い血縁関係なので、その中での貴族間の空気が複雑で、解説やガイドがあっても、なかなか理解がしにくい。
このところぼくは、源氏関連の書籍を、いっぱい買ってはぱらぱら読んでいるのだが、肝心の原作はなかなかページが進まない。仮名書を専門としていて、教員もしているのだから、平安時代の文学の代表作を読み切っていないのはまずいんじゃないかと、以前からも何度かトライしているのだが、毎回半分にも至らないうちにフェードアウト。たくさん出ている、あらすじ本というかダイジェストとかいったたぐいの書籍でお茶を濁している。
基本的にラブストーリーというか恋愛小説は苦手で、映画やテレビドラマなどもその手はほとんどパスするので、「もののあわれ」が源氏物語を貫くテーマであることは知識としては知っていても、ストーリーそのものになかなか入り込めないし、光源氏という人物にも正直言って感情移入できないので、読み進めるのは、いささかきつい、といのが正直なところ。
もちろん恋愛関連以外の部分から、平安時代の社会の構造がわかったりして、まったく受け付けないというのではない。この時代、社会の上層部の貴族たちも生きていくのは想像以上に大変だったようで、日本人のお家芸である権謀術数も、政治も私生活もが、ごちゃ混ぜになっている平安期の狭い人間関係のなかでは、どうしても陰湿な閉塞感を持ってしまうだろうことは当然かもしれない。
書を研究している身としては、かな書や和歌に対する知識は多少あるものの、なかなか千年前の時代のムードは、はかりづらいものがある。もちろん、時代の空気を知らなくとも、「かな書」という芸術を解釈することは出来るし、古筆を咀嚼し再構築することは可能であるが、源氏物語関連の本を見ていると、実に多くの「へーそうだったのか!」にぶつかり面白く、かな書のバックグラウンドをもっとよく知らなくちゃ、と反省している毎日。とりあえず、年内までには原作の読破を目標にしたいと思っているところだ。
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最近出た雑誌。ホントはまだまだ出ているけど、とりあえず女性誌が多い。 |
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手にした書籍の一部。「あさきゆめみし」は文庫ボックスで。ガイドブックも出ていた。 |
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