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≪前頁より続き≫
兄の家に行ってみると、兄は蚊帳の中で気持よさそうに寝ているので、
「オイ兄さん、起きてくれよ。オレの蚊帳を盗むなんて、ひでえじゃねえか。
「なんだと、オレが蚊帳を盗んだって。誰がそんな人聞きの悪いことをぬかしやがった。
「あの橋のたもとの占いの先生さ。
「あのヘボ占いめ、とんでもねえ奴だ。へこましてくれよう。お前もいっしょに来い。てんで。
連れ立ってやって来まして、
「やい、このヘボ占い。オレが弟の蚊帳を盗んだとは、とんでもねえことを言いやがる。ホントにそうか、も一度占い直してみろ、ところでお前何て字を書いた。
「数字の四だよ。
「じゃオレもそれを書いてやる。さあどうだ。
と数字の四を草書で「の」と書きました。
それを見た占いの先生カラカラと打笑い、
「タハケ者めが、自ら白状してしまったではないか。そもそもお前は蚊帳など持っていなかった。ただ「の(蚊取線香)」があっただけじゃ。
はい、お粗末さまで。 |
《圖》
「四」の 草書 |
杜牧 |
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呉昌碩 |
例によって、ついでの一言二言を加えておこう。
四の草書を「の」に書く例は、書法作品にはそれほど多くはないが、俗間の寫法としてはよく用いられる。字典の中から、その例を一、二拾って掲げておこう(図参照)。
この寫法、意外に書家にも知らない者がいるらしい。先年、中国に行ったある中小だか零細だかの書家先生、書会なる者で中国人の書家が落款に「○○年の月」と書いたのを見て、「中国人も仮名を書くことがあるんだね」とのたまうたそうな。「呼ばれるほどの○○」というのは、あちこちにいるようだな。
この話、もちろんシナ種であるが、ちと気にかかることがある。渦巻型の蚊取線香は、今のキンチョーの明治の頃の店主だか社長だかが思いついて製造販売した者であると聞いたことがある。とすれば、それがシナに輸出され、あの国のことであるから、すぐに偽物や模造品が続々と作られ、広く普及して、渦巻の形を見ればすぐに蚊取線香を連想するようになってから出来た話であろう。つまりこの話はそれほど古い者ではない。せいぜい百年かそこら前に作られたのであろう。
[編集部注]渦巻蚊取線香は、明治二十八年、キンチョー創業者である上山英一郎氏の夫人のアイディアによって生まれ、発売されたとのこと。
*著者の意向により、中国のことを“シナ”と表記しています。
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