高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
文字のいずまい
vol.14

現代版「茶掛け」としてのインテリア書
臼田捷治(デザインジャーナリスト)
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 説中に記されている「翻訳」によれば、最初の目玉ふたつと口のような絵文字は「大変だった」、ナよレ」は、カタカナの「ナ」とひらがなの「よ」の組み合わせで「な」、ついでカタカナの「レ」とカギカッコの組み合わせで「り」。次行は木馬とZの三連セットの組み合わせを含めて「ゆっくり休む」。全体で「大変だったナリ! ゆっくり休んでね」ということになるという。「ナ」+「よ」、ふたつ出てくる「レ」+カギカッコの組み合わせは「いわゆる遊び心の作字」ということになるが、「解るかよ、こんなの。ギャルじゃあるまいし」と「僕」は嘆息する……。
 うした作字をふんだんに盛り込む少女たちに独特のケータイメールの文例は、三年前の〇三年に『渋谷発 ヘタ文字BOOK』(月刊マイバースデイ10月号増刊、実業之日本社)としてまとめられて反響を呼んだことが想起される。

図2:嶽本野ばらの小説『ロリヰタ。』の
中に出てくるメール


図3:『渋谷発  へた文字BOOK』表紙。
表紙に載っているメールを「翻訳」すると
「すごく会いたいな」

 近、岩波新書から出た笹原宏之著『日本の漢字』では、少女たちのケータイメールのような、ある特定の集団内で通用する文字表記を「位相文字」と定義している。
 して、同書でも触れているようにコミュニケーションの変容を示す象徴的な例が、少女たちにあった書き文字に固有の共通スタイル(位相文字)が消えてしまったことだろう。
 原氏による図式化によれば、少女たちの書き文字スタイルは、一九七〇年代後半から八〇年代にかけて時代を彩った「丸文字」もしくは「漫画文字」(図1中1)から九〇年代には「長体文字」という「一見大人びているようだが、そこまで上手になりきれていない」気分を映す「ヘタウマ文字」(2)へと変移した。そして現在は、すでに触れた作字を含めるかたちで、3.4のように符号や絵文字、ギリシア文字などをも自在に取り込む表記体系の全盛期を迎えている。書き文字からメール上での操作による表記への決定的ともいえる転換である。
 お、笹原氏はメール上の作字を、「万」を「一力」としたり(京都祇園の万亭を一力亭という類)、「只」を「ロハ」としたりする、「古くからある分字の手法」との共通項を指摘していることは興味深い。
 説『ロリヰタ。』で救いがあるのは「君」が終盤で「いくらずっとメールし合っていても、直接、お話したくなるでしょ。それは、言葉が気持を伝えるんじゃなくて、気持を言葉が伝える為に、あるからだと思うの」とつぶやいていることだろう。
  「気持を伝える」ことの大切さを知れば、直接会うこととともに、手紙をしたためることもいずれ選択肢に入ってくるのではないか。日本人はバランス感覚に秀でる。何十年か後、今の少女たちが成熟した女性になったとき、文字を書くことの楽しみに目覚めてくれることを願いたい。
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