高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
文字のいずまい
vol.5

「温故知新」が生んだ注目の大ヒット新書体
臼田捷治(デザインジャーナリスト)
 家の津金孝邦氏のあるエッセイに、大きな書道展の審査会場で今は亡き殿村藍田氏が、字をきちんと書道字典で調べてから書くようにと、周囲に注文をつけていたことを追想するくだりがあった。それはいいかえると、結構が不明瞭な、誤字まがいの書は、審査の段階ですでに審査対象から除外されかねないことを示している。書作者にとって誤字は致命傷であり、それを事前に避けなくてはならないのは基本中の基本。だからこそ殿村氏は改めて注意を喚起したのだろう。
 が、書以外の分野では、確信犯のように、意識的に「誤字」もしくは「偽字」を採り入れて、私たちが慣れ親しんでいる文字に対する既成概念に激しい揺さぶりをかけるアーティストやデザイナーがいる。現代美術では、一九五五年に中国・重慶市に生まれ、現在ニューヨークで活躍中の徐冰がそのひとりである。
 境を越えて世界的な注目を集める徐冰の作品は、これまで日本でもたびたび紹介されてきたが、最近では、さる七月に横浜駅に近いヨコハマポートサイドギャラリーで個展が開かれた。
(1)徐冰の擬似漢字作品。
左から「WOMEN」「NURSERY」「MEN」と読める。
(2)徐冰の個展DM。  
名前「XU BING」を擬似漢字で表す。
  品の特徴は、漢字のように映るけれども、じつはすべてアルファベットによる組み合わせで成り立っているところにある。まさに似て非なる、漢字ならざる漢字である。
 の構成法は、たとえばAであれば「合」の三画目までの字形「」、Bは「こざとへん 」、Cは「はこがまえ 」、Mは「」の字の三画目までの字形で、なおかつ、その三画目を伸ばして下揃えにして「」、Nは「」、Oは「」、Pは「」、Wは「」、Zは「」というように、近似する偏や旁、点画に振り当てをおこなう。そして、それをもとに漢字風に組み立てている。ただし、どうしても無理があって、おかしな部首も含まれている。
 に掲げた写真(上記ヨコハマポートサイドギャラリー展示作品 写真1)でいえば、三個並ぶピクトグラム(絵文字)の下に配されている文字は、一見したところ画数の異様に多い漢字に見える。だが、仔細に眼を凝らせば、左の女性の下は「WOMEN」、真ん中の乳児の下は「NURSERY」(育児室)、右の男性の下は「MEN」と、それぞれ上から下方に順次記されていることがお分かりいただけるだろうか。  
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