「食の思ひ出 コンテスト」
鬼塚忠賞

長崎ちゃんぽん皿うどん細麺
斗有かずお(46歳・男性)
 予め断らせて頂きます。オイは、熊本出身の主夫です。ばってん、十年住んどった長崎も愛しとりますけんが、方言はごっちゃになっとっとです。読みにくくて、すんまっせん。
 さてですね、あの店のちゃんぽんは、たいぎゃな美味かとですよ。とにかくバリ美味かとです。皿うどんもですね。いや皿うどんの方が美味かかもしれません。パリパリ細麺がお勧めです。ちゃんぽん麺ば素揚げした太麺もえらい美味かとですけどね。ようと考えてみたら、ちゃんぽんと皿うどんのどっちかば選べて言われたら、ほんなこて困りますね。
 どんくらい美味かかて言うたら、そうですね、去年の夏休みに小六の娘と奥さん(主人ですたい)と三人で十年振りに長崎に帰ってですね、当然のごと着いた晩にあの店でちゃんぽんと皿うどん細麺ば食うたとですけど、盛り付けの綺麗でカラフルだったせいでもあったとでしょうね、本場物は初体験の娘が一口食うて、目ばトローンてさせよったとですよ。食いながら、ずーっとさせよりましたね。ほのかに甘か飲茶ば飲んで、一息つくたびにホワーンてして、満面の笑みば浮かべよりました。温かったうちだけじゃなくて、冷めてからもですよ。
 ほんなこて美味かちゃんぽんはですね、冷めても美味かとです。ラーメンはですね、オイは熊本人ですけんが本当はバリバリの豚骨派とですけど、冷めたらやっぱり不味くなっとですよ。どがん美味か店でも、麺の伸びるし、スープの味の格段に落ちます。ちゃんぽんはですね、長崎で食う限りは、麺の伸びにくくて、スープの味も落ちにくかし、とくにあの店のは殆ど美味さが変わらんて言うてよかと思います。
 そもそもですね、あの店のは「お待たせしました」て丼ば出された時点から、程良く冷めとるて言うか、フーフーせんでも食える適温やっとです。店が味によっぽど自信がなからんば出来んことて思うとですよ。スープもちゃんぽん麺も、あんかけもパリパリ細麺も、一人の天才中華料理人が、うんにゃ、天才ちゃんぽん皿うどん料理人が一生ばかけて作り上げて、その編み出された味ば店が何代にも渡って地道に守り続けてきたとでしょうね。オイはそがん思うとっとです。
 娘がですね、長崎から帰ってきてから言うたとですよ。あの店の以外のちゃんぽんは、もう食いたくなかて。皿うどん細麺にもそがん言うたとです。正真正銘の味ば分かってくれて(薄味ですけん、マヨラーやらケチャッパーやらには分からんとです)、親としては嬉しかとですけど、我が家の料理番としては困りもすっとですよ。
 スーパーで売っとる液体スープやら粉末スープの付いた偽物でよかなら、チャッチャッチャッて夕御飯の出来上がりますけん、楽かとですよ。豚肉やら野菜やらシーフードやらばたっぷり入れれば、栄養満点ですけんがね。娘の習い事やら塾やらで送り迎えとかで忙しか日は、たまにはそがんして楽ばしたかわけですよ。一主夫としてはですね。
 ばってんが、長崎から帰って以来ですね、オイはちゃんぽんも皿うどん細麺も家で作らんごとなりました。これからも作らんつもりです。ちゃんぽんと皿うどん細麺は、あの店の味ばそのまま、ずーっと娘の舌に記憶させておきたかけんがですね。

 オイは昔、長崎で公務員ばしよったとですけど、行く部署行く部署でですね、待っとったとですよ。たくさんの仕事がですね。定時にあがれた記憶は殆どなかとです。毎日のごと終バスや終電(路面電車ですばい)ば意識しながら残業ばしよりました。
 あれは、まだ独身やった頃、長崎に来て一年目の五月やったと思うとですけど、その晩はたまたま区切りの付いたけんが、七時半過ぎに役所ば出たとです。その前に事故でもあったとですかね、長崎は街の規模の割には幹線道路の少なかけんが、どこかでふん詰まっとっただけかもしれんとですけど、役所前の停留所にバスがなかなか来んかったけんがですね、近くで飯ば食うてから帰ろうて思うたとです。
 そいで、歩いて新地の中華街に行ったとです。迷わずあの店に入りました。長崎は観光地ですけんが、オイはその頃、土曜日曜のどっちかは巡りよってですね、昼は必ず中華街で食いよりました。もう二回は行っとったですかね、既にお気に入りの店やったとです。
 えらい疲れとったけんがですね、たくさん食うて元気ば出さんばて思うて、ちゃんぽんと皿うどん細麺ば両方とも頼みました。長崎の中華料理店は余所でいう大盛りの量ば普通盛りで出すことの多かとですけど、あの店は味勝負ていうか、しっかり味わって食うて欲しかとでしょうね、量は少なめですけんが。
 例の舌に適温のちゃんぽんと皿うどん細麺がテーブルに置かれてですね、オイはまずレンゲでちゃんぽんのスープば一口飲んだとです。涙の出ましたね。訳分からんかったとですけど、涙の出て、九州男児ですけんが反射的に堪えて、上ば向いて何遍も瞬きばして涙ば目に納めて、涙の下りてきた鼻ば花粉症持ちのごと啜りました。
 その後、麺ば一口食いました。具ば絡ませてですね。これにまた、涙ば堪えるとにえらい苦労しました。今度は咀嚼せんばいかんけんがですね。味の快楽に浸りながら往生したことばよう覚えとります。
 まず強か火力で炒めて野菜やら具材の旨味ば出して、中華鍋でスープと、かん水に工夫ば施したちゃんぽん麺ば入れて煮込むとらしかとですけど、野菜のシャキシャキ感やら麺のプリプリ感やら、あっさりしとるけどコクと風味のある鶏がらスープの深か味わいのたまらんとですよ。世には「ちゃんぽんする」なんて俗語がありますばってん、そがん言葉は二度と使わんて思わせらるるくらいに、あの店のちゃんぽんは絶妙な味の組み合わせば編み出しとっとです。
 ちゃんぽんは、明治時代にですか、うんにゃ、それ以前からあったとかもしれんとですけど、中国からの留学生に安くて美味くて栄養満点の御飯ば食べさせたくて、華僑の人の考え出したごたるですね。私も当時、知人や縁者の居らん長崎での一人暮らしで、ある意味ですね、留学生のごと寂しか思いばしよりましたけんが、余計に美味く感じたとでしょうね。
 その時ですね、オイは思うたとですよ。心の底からですたいね。どがん忙しくても一つ一つの仕事ば頑張ろうて。ちゃんぽんの本当の味の分かって、長崎の人間に仲間入りさせてもろうた気もして、嬉しくもあったとです。
 そいでですね、次に皿うどん細麺に箸ば付けたとです。ちなみに皿うどんは、出前のしやすかごと、ちゃんぽんば改良したものらしかですね。
 一箸つまんで口にした瞬間にですたい。何て言うかですね、具ば含んだあんかけの複雑に入り組んだ味が舌だけじゃなくて、そがんことはなかとでしょうけど、全ての粘膜に心地良く広がるていうか、上手かオーケストラの演奏がホール全体に響き渡るていうか、口の中の全体に美味さの広がってですね。
 一呼吸おいて噛んだら、油の旨味の芯まで染み込んどるパリパリの、香ばしくて甘味のある極細麺のですね、まだ固かところと柔らかくなったところの合い混ざったサクサクシャリシャリ感がこれまた絶妙でですたい。オイは飲み込みながらよか大人の男やっとに、目ばトローンてさせよったて思います。娘が初めて口にした時と同じごとですね。娘は私似ですけん。はい。
 その後は、ガツガツ食いました。大人の男らしくですね。味わうことも勿論忘れんでしたよ。ちゃんぽんに胡椒ばかけようても、皿うどんに定番のウスターソースばかけようても、思いもせんかったです。スープは一滴残らず飲み干しました。あんかけは丼にくっついたとも全部舐めたかったとですけど、我慢しました。よか大人の男ですけんがね。
 完食したらですよ、疲れの吹っ飛びましたあ。食は偉大なり。人生で初めてそがん思うた瞬間やったですね。
 それ以来ですね、オイはえらい疲れの溜まったて思うたら、溜まった仕事は次の日に回してでもあの店に行くごとしました。ちゃんぽんか皿うどん細麺ば食うて、美味かてまだ思えたら、また次の日から頑張りました。美味かてもう思えんやったら、次の日からしばらくはオイの定時(八時ですたい)であがるごとしたとです。
 疲労困憊やったら、どうしても仕事の非効率になるけんがですね。あの店のちゃんぽん皿うどん細麺は、オイの体調ば客観的に計ってくれるバロメーターでもあったとです。
 話ば戻しますばってん、完食し終えて、飲茶のおかわりば飲んで一息入れよるうちに、オイは申し訳なくなってきたとです。ちゃんぽんと皿うどん細麺で、当時は消費税三パーセント込みで合わせて千五百円くらいでしたとけど、こがん美味か物ば腹いっぱい食わせてもろうて、それだけしか店に払わんとは申し訳なかて。
 だけんがビールば追加注文したとです。満腹に流し込んだとですけど、美味かったですね。閉店間際でしたけん、青島ビールの切れとって、国内産の普通のビールでしたばってん、本場物のベルギービールのごたる味と喉ごしでした。

 そうそう、そうですそうです。あの店に出会っとらんかったなら、愛する我が娘はこの世に生まれてきとらんとですよ。娘の命の起源は、あの店にあっとです。
 長崎での初めてのデートで、関東から遥々やってきた奥さんの心ばまず掴んだのは、オイて言うより、あの店の長崎ちゃんぽん皿うどん細麺やったとです。奥さんも、目ばトローンてさせよりましたけんね。ちなみに、奥さんば一気に寄り切った後の駄目押しは、あの店の斜向かいの大福屋さんの、見た目も味も芸術的なフルーツ大福でしたっけ。
 娘ば仕込んだ日もですね、すんまっせん、下品ですね、娘の命ば授かった日もですたい。晩はあの店でちゃんぽんと皿うどん細麺ば食うたとですよ。奥さんと二人でですね。豚の角煮まんも食いましたっけ。
 オイは、あの店のちゃんぽんと皿うどん細麺に、家族ば育んでもろうたて、そがんふうにも思うとります。

    受賞作品

  • 宮尾美明「六百人分の朝ご飯」


  • いそのゆきこ 「御膳の思い出」

  • 森川詩穂「おばあちゃんの栃餅」

  • 斗有かずお「長崎ちゃんぽん皿うどん細麺」

  • 大沼菜摘 「完熟トマトへの未熟な口づけ」

  • 済田斉 「法王の魚」