このたびは「食の思ひ出 コンテスト」に多数のご応募をいただき、ありがとうございました。応募者数は254名、応募作品数267編でした。最年少応募者は8歳、最年長応募者は81歳でした。
 コンテスト事務局によって一定以上の評価を得た作品について、津原泰水、澁川祐子、鬼塚忠選考委員が最終選考を行い、受賞作を決定いたしました。以下に選評と作品を紹介いたします。
選評

ごちそうさま!
津原泰水(小説家)


 アンソロジー『たんときれいに召し上がれ』のパブリシティの一環として、手弁当でなにか出来ないか、という発想から始まったプロジェクトだが、結果的には立派な文学賞になってしまったと感じる。最終候補作群のレヴェルはそれほど高く、誰が大賞を受賞しても不思議はなかった。
 そんななかで宮尾氏の「六百人分の朝ご飯」は、実話としての迫力と平易でかつ端正な文章のバランスが素晴しく、誰しもが納得してくださる大賞はこれしかあるまいと判断した。鬼塚氏、澁川氏の賛同も得られた。おめでとうございます。
 津原賞には、いその氏の「御膳の思い出」を選んだ。正直に云って文章に拙いところはある。しかしここでも実話の強さが光っている。尾崎翠を彷彿させる、読んでいるあいだの愉しさと、付け焼刃では身につかない品格を高く評価した。おめでとうございます。
 済田氏の「法王の魚」は短いなかに凄まじい情報量を擁した小説であり、実話であろうがなかろうが、そんじょそこらのプロ作家には歯が立たないほど上手い。寺山修司すら想起させる。「御膳の思い出」が提出されていなければ、文句無しの津原賞だった。これほど上手い作品をただ落選とするのは憚られ、本来は予定されていなかった佳作枠を設けていただいた。
 同じく佳作に推挙したのが、大沼氏の「完熟トマトへの未熟な口づけ」だ。どこやらの文学賞のように、著者が若いからといってその作品をちやほやする気はないが、また少々饒舌すぎる作品でもあるが、十九歳でこの筆力となると流石に舌を巻かざるをえない。恐るべき十九歳がいたものだ。
 僅差で選には漏れたものの、山村幽星氏の「茸汁」は深く印象に残った。一級の資料的価値がある。河原良朋氏の「卵」は、卵料理の話かと思いきや焼き魚の上の蝿の卵の話で、この奇想には一本取られた。鶏を絞める光景が鮮烈な鈴木マサオ氏「わが家の自慢料理」、鶏卵という今や日常的な食材の有り難みが伝わってくる矢代稔氏「わがふるさとの味」といった、人生の先輩がたの味覚の記憶にも、大いに心を奪われた。
 この調子であれもこれも評していては枚挙に遑がないので、あとはアップルシード・エージェンシーによる講評へと譲りたい。鬼塚賞、澁川賞受賞作についても、両審査員にお任せして敢えて感想を省いた。
 全般に、まとまりの良すぎる作品は不利となる審査傾向だったと思う。最後の最後に「こういう話でした」という結論が付与され、それまで広がり続けていた世界がしゅるんと萎んでしまい、ああ残念だな、と思わされた作品が幾つもあった。実話であれフィクションであれ、他人に読まれ記憶されるためには、幕切れの鮮やかさが必要かと愚考する。
 とまれ愉快な審査だった。ごちそうさま!



お腹が空く楽しいひととき
澁川祐子(エッセイスト)


 味の表現は一般に難しいとされる。事実、自分で書いていてもそれを痛感する。味わうこと自体は非常に私的な体験だ。けれど「おいしい(もしくはまずい)」という感覚は、いつ、誰と、どんなときにどこで、どんなものを食べたかというさまざまな文脈が複雑に絡み合って生まれる。それだけに食べものの裏側にある背景をどう描くかが、読む人とおいしさを共有できるかの鍵になる。
 その点、最優秀賞の「六百人分の朝ご飯」は「非日常」と「日常」の対比があざやかだった。富士山の山小屋という舞台によって、白い炊き立てのご飯と味噌汁という見慣れた組み合わせが最高に贅沢な一食に見えてくる。おこげのご飯を佃煮と一緒に握ったおにぎりを食べるシーンでは、その澄んだ空気まで一緒に吸い込んでいる気分になった。また、佳作の「完熟トマトへの未熟な口づけ」も、一個のトマトにかぶりつくまでを丹念に描くことで、口に含んだ瞬間の感動を際立たせている。
 そして今回数々の作品を読むなかで、とりわけ惹かれたのは、人の記憶と強く結びついたものだった。祖母や母がつくってくれた何気ない一皿が、その人の不在を通して、より強く思い起こされる。料理する手のぬくもりとともに心に刻まれたおいしい記憶は、これまでに何度も反芻されたせいか、文字になったときにも生気をまったく失わない。そのことを佳作の「御膳の思い出」や惜しくも選にもれた「わがふるさとの味」をはじめとした作品からあらためて感じた。なかでも祖母から母へ、そして子を持つ私へと記憶が手渡されていくさまを描いた「おばあちゃんの栃餅」は、過去を振り返るだけでなく、現在から未来までも想像させるところが印象深く、特別賞に選ばせていただいた。
 ただ、いずれも表現力豊かな力作揃いであり、絞り込むのはかなり悩ましかった。食べものエッセイが大好物な人間にとって、お腹の空く楽しいひとときを過ごさせていただいたことを最後に付け加えておきたい。



最高級のレストランよりも美味しい食事
鬼塚忠


 今回応募して下さった方々の作品のレベルは、予想を遥かに上回るものだった。質だけではなく量も。260編以上の応募をいただいた。そのせいか、おおいに想像をかき立てられ、よだれを垂らしそうになるほどだった。このような体験をさせていただき、主催者であるアップルシード・エージェンシーの代表として、改めて応募者すべてに感謝をお伝えしたい。最高級のレストランで食事をすることより、美味なものを食した気がする。
 最優秀賞の「六百人の朝ご飯」は、70歳女性が、富士山頂手前の山小屋で登山者の朝食を作るという18歳のときのアルバイト体験を、みずみずしく描いた作品である。一文が長く、読みにくいという点は指摘したいが、題材、構成、感性が素晴らしい。そしてさわやかな読後感が残った。グルメを気取っていいようなコンテストなのに、本作に登場するのは白米と、具が麩だけのみそ汁、それに佃煮。しかし富士山頂の山小屋の情景をうまく描くことで、何よりも美味しい食事に思わせるその書き方に脱帽するしかない。そして最後の若い男性との会話がさわやか。好感度ピカ一でした。
 私が特別賞に選んだのは、「長崎ちゃんぽん皿うどん細麺」。応募作は多様だったとはいえ、人の思い出はどこか似てしまうものでもある。そのなかで飛び抜けて他と異なる作風だったのが、本作だ。「予め断らせて頂きます。オイは、熊本県出身の主夫です。……」という一文で始まり、最後までごちゃごちゃな九州弁で貫く。その書き手が長崎ちゃんぽん愛をとくと語る。言葉も、食べものも地方色満載。とても和む。ほほえましい。
 エッセイの完成度とか、文章力とかは一切関係ない。私はこういう地方色豊かな感性が大好き。それが本作を選んだ理由だ。賞を差し上げますから、というわけではないが、斗有さん、あなたが娘を仕込んだという店をこっそり教えてほしい。私はその店に絶対に行きたい。
 佳作「法王の魚」は、プロの書き手ではないかと思わせる作品だった。今回は受賞しなかったが、審査員全員が評価した作品。まだデビューしていない方なら、どうにかすればデビューできるはず。後は運だけです。 
 最後に、上記のほかに私の印象に残った作品について付記しておきたい。幻想短編「茸」は19歳にしては上手く、思わずのめり込んでしまった。9歳の小学生が書いた「ヒロメのしゃぶしゃぶ」は、最近観た映画「リトルフォレスト」のような読み心地があった。母が教えてくれた卵料理を描いた「母の遺産」には思わず泣きそうになった。同情を禁じ得ない。大阪の繁華街にある大衆食堂の様子を描いた「低俗極まりなく、不潔」の感覚も面白く、好きだった。


    受賞作品

  • 宮尾美明「六百人分の朝ご飯」


  • いそのゆきこ 「御膳の思い出」

  • 森川詩穂「おばあちゃんの栃餅」

  • 斗有かずお「長崎ちゃんぽん皿うどん細麺」

  • 大沼菜摘 「完熟トマトへの未熟な口づけ」

  • 済田斉 「法王の魚」
なお、最終候補作一覧を掲載いたします。


最終候補作(作者名五十音順)

三日目のカレー 石原亜紗実/あざやかな食景 岡田千明/ヒロメのしゃぶしゃぶ 小川結/卵 河原良朋/低俗極まりなく、不潔。 香田典宏/玉子焼き 佐古奈々瀬/わが家の自慢料理 鈴木マサオ/助け屋台 鈴木ゆかり/まい、んまい 司田由幸/恋人たちの未明 高木敏光/鮭の皮焼きの恋 高村文緒/おれは定食屋がきらいだ 対本祝子/彼岸のにゅうめん 南木義隆/餡子 蓮本芯/母の遺産 福井敦男/肉まん 森友さと子/わがふるさとの味 矢代稔/茸汁 山村幽星/茸 聯上寺実
2015年4月14日 「食の思ひ出 コンテスト」事務局






審査員

津原泰水(小説家)

1964年広島県生まれ。青山学院大学卒業後、少女小説家としての活動を経て、1997年に現名義で再デビュー。著書にベストセラーとなった『ブラバン』、『バレエ・メカニック』、『11』(Twitter文学賞)など。短編「五色の舟」を原作とする漫画版により、2014年、文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞。

澁川祐子(エッセイスト)

1974年神奈川県生まれ。東京都立大学卒業後、『民藝』などの編集に携わる。食や工芸・デザインを中心に執筆活動を行う。著書に『ニッポン定番メニュー事始め』、編著に『最高に美しいうつわ』『もっとうつわを楽しむ』など。JB Press食の研究所にて「変わるキッチン」連載中。

鬼塚忠(小説家、アップルシード・エージェンシー代表)

1965年鹿児島生まれ。鹿児島大学卒業後、世界一周旅行を経て、2001年に作家の代理人業を行うアップルシード・エージェンシーを設立。そのかたわら、映像の原作となる小説を手がけ、『Little DJ~小さな恋の物語』『カルテット!』『僕たちのプレイボール』『花いくさ』『恋文賛歌』など著書多数。

著作権の扱い:
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