※画像はクリックすると拡大画像を開きます。
社長はさっそくそのイメージを話された。「森には、このはづく以外にたくさんの動物や鳥がいるのです。例えばリス、日本カモシカ、ムササビ…狐や狸…。」私はそれだけ聞いて、そばにあった白い紙に動物たちがパンを作っている工程を描き、端の方で別の動物がパンを焼いている図を描いて社長の前に差し出した。ものの10秒くらいだろうか。
三人はあまりに早く描かれた絵を見て驚いたようだ。自分の話をしたイメージにぴったりだったらしい。社長は続けた。「この森は太陽が木々の間から燦々と輝き、森の中から差し込んだ光が美しいのです。また湧き水を使ってパンを練って…」と自然の中での手作りを強調された。私はまた白い紙を取り出し、森から太陽が顔をのぞかせ光がこぼれる下に大きな切り株を描いた。そこに動物が集まってパンやコーヒー、果物を食べながら楽しくおしゃべりをしている姿を描き加えた。三人は再び驚いて、「まったくイメージ通りです」と大笑いになった。
こんな時、絵を描けることは強い武器だ。絵には長々と説明はいらない。
パン焼きチーフのTさんは丸いめがねをかけ、顔がどことなく「このはづく」に似ているのだが、 Nさんは「絵の中にチーフそっくりの“このはづく”を入れたらいいですねえ」とつけ加えた。
話は一時間ばかりで終わり、三人は満足そうに帰っていった。Nさんと私は顔を見合わせ、「こんな話本当だとしたら、うますぎますねェ。信じられない」と話したのだった。「後は地元だし私が打ち合わせをしてまとめますので、絵の方はよろしくお願いします」とNさんは言いギャラリーに戻った。
数日して、その森を訪ねたNさんから広々とした青梅の森の写真が送られてきた。「話は本当ですよ」とNさんの声ははずんでいた。「話がうますぎるのでは?」という私の疑念に答えるべく森を訪ねたのだ。絵に描くには資料がいる。Nさんはオーストリアのパン作りの工程や道具、写真、ビデオも送ってくれた。その後、建築される工房の設計図も送られてきて、ああ話は本当なのだと実感した。送られてきた図面には絵をかける場所や寸法案などが書いてある。仕事のできるデザイナーと組むと作業がスムーズだ。必要なものがすぐそろうのがありがたい。
畳一枚大の絵は、白い紙に走り書きした二枚の案を合わせたものに決まった。それを見ながらスケッチを数回描いてやりとりをする。普段はおまかせで描くことが多いが、建物の工事と平行しているならある程度の希望や制限もある。しかしこうして一つの目的に向かって、一緒に何かを作りあげていくのは楽しい。
ただ畳一枚もの大きさの絵だと机で描くこともできない。和室に毛氈を敷き道具を広げてのびのびと描いていく。いつものように気分がいい時だけ筆を走らせる。のらないとすぐやめて次の日だ。午前中だけで切り上げ昼寝もたっぷり。真面目そうで真面目でないようで…。色も数回のせ行き当たりバッタリ。形がボンヤリ現れてくるのを待つ。輪郭の線を描くのは最後だ。気分がのってきた時に輪郭を一気に描いていく。こんな大きな絵は手強いのだが思ったより早く完成して裏打ちし、額装へとまわしていく。
4月26日。とうとうオープンの日がきた。工房では、オープン前にオーストリアから伝統パン職人を呼び指導を受けたそうで、おいしい薪窯パンが焼けるようになっていた。
オープンセレモニーは、予定が入っていて私は出席できなかったが、オーストリアからたくさんの人が来て賑やかに開催されたらしい。 今回のように偶然に出会った人と完成まで付き合うのは本当に珍しい。「めったにない」ことが実現していく一年余りの工程。何をしてもワクワクドキドキの毎日だった。賑やかに描き込まれた「木の葉」の動物たちを思い出すたびに、「人生は出会いだなぁ」と思うのだった。
皆さんも青梅の森にでかけ「薪窯パン工房・木の葉」の焼きたてパンを食べ私の絵をのぞいて下さい。
|